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<<   作成日時 : 2016/12/05 08:25   >>

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同人誌『はらっぱ 14号』の詩編を読む
  佐藤重男
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同人誌『はらっぱ 14号』(わたげの会 2016.11)が届きました。
《詩とエッセイ》には詩編3編、《子どものうたと詩》には、詩編27編が収められています。いつものように順に目を通してみます。

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出川恵美子「はたらく」
『「働く」って/傍(他の人)を/楽にするって/いう意味もあるんだよ』の出だしを読んで、なるほど「世界が変わった」こと、肯けます。なんでも「イヤイヤ」やってたのでは、実(身)になりませんもの。

蒼野しほ「ミモザ」
エッセイと併せて読むことで、詩にこめられた思いがより深く伝わってきます。不平等や格差、…いろいろ違いがあっても、誰にも分け隔てなく、「明日」はやってきます。そんな明日に希望を持てる、そんな詩を書いていけたら、と。

井上明美「たからもの」
「たからもの」は、ひとりひとりちがっていい、といってくれる証し。だから、「私のだいじな」ものなのですね。仲よしと一緒に宝物を埋めたという記憶こそが一生の宝物なのかも知れません。

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長谷川智子「鬼ゆり」「虹の橋」
作品「鬼ゆり」は、鬼ゆりと、鬼の酒盛りを「掛けた」ところがユニークです。風に揺れている様を目にして「台風」「酔った」などと連想を広げていけるのも、観察眼の柔らかさがあってのことでしょうか。
作品「虹の橋」は、「消えないで 消えないで」の繰り返しが効果的で、作品世界にちょっとした緊張感をもたらしてくれています。

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くらたここのみ「はっぱにあなが」「あきののげし」「蛇口の土産」
作品「はっぱにあなが」は、童謡らしい、ことばの繰り返しと、リズム感があって、楽しい世界を演出してくれています。「たべたのたべたの」の部分を早口でいうと、「べたべたのべたべたの」になってしまって、一人でわらってしまいました。
作品「あきののげし」は、抒情的な世界へとわたしたちを誘ってくれます。ラスト、「放つともなく/放れゆく心」が印象に残ります。「離れゆく心」とせず、「放れ」としたところがいいですね。
作品「蛇口の土産」は、民話調のユーモアが感じられて、おもしろく読みました。途中から、展開が読めてしまうのですが、それでもやはりニヤニヤしてしまいます。
「お金を数えて あきらめた」のオチがなんともいいですね。これからも、地域の文化に根差した民話に取材した作品を、書いていってください。

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住沢一子「海のうた」「はっぱのちょうちょ」
作品「海のうた」は、各連の出だしと終わりが統一されていて、童謡としての「お約束」に忠実ではあるのですが、「朝」「昼」「夜」の三つの場面がそれぞれに自分を「主張」するというのも一つの試みかな、と感じました。
作品「はっぱのちょうちょ」は、各連の出だしを「秋風やさしく/吹いてきて」で統一し、「さくらのはっぱ」「まっかなかわいい」「とんでいる」、「いちょうのはっば」「黄色いきれいな」「おどってる」、「けやきのはっぱ」「茶色いはっぱ」「秋のちょう」と、それぞれの特徴を絵描き分けているところに工夫が見られます。

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斎藤節子「わたしのおばあちゃん」「風が切られた」
作品「わたしのおばあちゃん」は、なかなかユニークというか、「エイゴ」は分からなくても「イングリッシュ」ならわかる、という、ある意味「天然ぼけ」なのかも知れませんね。
作品「風が切られた」も、どこかとぼけた味があって、おもしろいと感じました。風と新幹線がどこで出会ったのかが描かれていると、ラストの「しらん顔」がもっと生きたかも知れません。

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橋本洋子「仲良くしたい」
一連目、「自分勝手に/かたむすび」のオチがすっと入ってきて、印象に残ります。二連、「片想い」の恋を連想させますが、さて、「素敵な絆を」作れるかどうか…。

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ふじさわまき「朝顔のたね」
ラスト、「アルバムがたたまれている」が、意表を突く表現で、心に残ります。
たった一粒だけの朝顔のたね。じっと見つめていると、いろいろな思い出が甦ってくるのです。このたねを蒔いたら、どんな花が咲くことでしょう。

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牧野慶子「さざんかの花」「すてきな手」
作品「さざんかの花」は、お使いに出た「ぼく」と、通りすがりの道ばたに咲いていた(あるいは、自分の家の垣根)「さざんかの花」との会話。わたしきれい、と「さざんかの花」に聞かれた「ぼく」が、すごくきれい、と返すと、「さざんかの花」は「ゆれた」というのです。きっと、はにかんだのに違いありません。
作品「すてきな手」は、「ぼく」の小さな手で、父さん、母さんの手と握手することで、「大きい」「力もち」などの発見へとつながる、そんな子どもの視線への温かさを感じさせます。

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小林一惠「海まで いこう!」「オータム・フェスティバル」「こころに つもれ ゆき つもれ」「ゆきの ゆめ」
作品「海まで いこう!」は、前半、抒情的な作品かな、と思わせますが、後半、一気にエネルギーの噴出へとつき進みます。子どもの持つ原初的な向日性への賛歌でしょうか。
作品「こころに つもれ ゆき つもれ」は、雪の持つイメージ=清新さ、で穢れを追いはらってしまいたい、という万人の想いを描いています。
作品「ゆきの ゆめ」は、願えば叶う、という想いを詠っています。「ゆめ」に終わらないで、との願いが「かすみ草」へと化身させてくれたのでしょう。

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片桐実「犬にもわかるんだ」「誰かが突然」「雀のがまんくらべ」「犬が西向きゃ」
作品「誰かが突然」は、ことばあそび。それぞれの連の始まりと終わりのカナ表記の部分は、ダジャレというか、オヤジギャグ連発、といったところでしょうか。
作品「雀のがまんくらべ」も、ことばあそび。大声で読み下したり、早口で読み通したり、とわたしたちも大いに遊べばいいのかも知れません。

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宮下美智子「葉鶏頭」「入道雲」「花言葉」「水あび」
作品「葉鶏頭」は、「炎になってめらめらめら」との見立てがおもしろいですね。「とんぼとまるな/とまれば燃える」「ちょうちょとまるな/とまれば燃える」の繰り返しが効果的で作品を生き生きとさせていると思います。
作品「入道雲」は、何か切羽詰まったような雰囲気がこちらにも伝わってきて、なかなか緊張感のある作品になっています。二連目の出だし「きらきらきらきら入道雲」は、はじめ違和感を覚えたのですが、そうそう、入道雲がどんどん大きくなっていくときは、たしかに「きらきら」光って見えますね。
作品「花言葉」は、「アマリリス」と「ほうせんか」を題材にとっていますが、アマリリスの「しゃべってばっかり」と、ほうせんかの「はずかしがりや」の対比などがおもしろいと感じました。特に、「しゃべってばっかり」と突き放しているところがユーモラスで楽しい気持ちにさせられました。
作品「水あび」は、三連目の「お羽をひろげて/ばた、ばた、ちゅん、ちゅん」の「ばた、ばた」が、忙しそうに水浴びをしている様子を表現していて、目に見えるようです。

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井上明美「ブランコこいだよ」
子どもたちが、なぜあんなにもブランコが好きなのか、不思議でしかたがなかったのですが、この詩を読んで「なるほど」と合点しました。でも、かんがえてみれば、わたしにも子どもだった頃があり、ブランコで遊んだはずなのですが…。そうか、ブランコは、ある意味、棒切れみたいなものなんてすね。何にでも自在に変幻する…。

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蒼野しほ「うんどう会」
この作品を何度か読み返してみて、そうだ、手指あそびの歌なのだ、と気づきました。
そうしてみると、少年詩・童謡の題材になっているものの多くが、アナログ的なものだと分かります。今どきの子どもたちは、デジタル・ゲームばかり、という見方もありますが、どっこい、泥んこ遊びをはじめ、アナログな遊びも健在!

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今回も、駆け足での寸評になってしまいました。作者のみなさんには、申し訳ない次第です。
作品としての出来栄え云々よりも、作品世界のなかに潜む感性や発見などに注目して、感想を書かせてもらいました。

                 ―この項 完―

作品の引用にあたっては、誤字・脱字等のないように努めましたが、何かお気づきの点がありましら、ぜひ、お知らせください。

追伸 以前公開した、【同人誌『はらっぱ 13号』を読む】の末尾の部分で誤字がありましたのでその部分を削除し、お詫びいたします。

2016.12.4

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