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<<   作成日時 : 2017/04/11 11:41   >>

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詩誌『少年詩の教室 3号』の作品を読む 
          佐藤重男
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詩誌『少年詩の教室 3号』(畑島喜久生 2017.1)所収の詩編を読みました。18人25編の作品が収められています。
いつものように、順に見ていくことにします。

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「七月のキリン」尾崎美紀
この作品は「現代詩」のつくりになっているように見えますが、後半、「海って どんなにおいだろう」のひとことが、この作品が少年詩であることを指示しています。
なぜなら、このキリンの疑問は、原初的な問いであり、それは、おそらく子どもの感性にもっとも近いものだからです。
「孤独」は、時として「せつなさ」ではなく、上向きのベクトルを持つ、そのことを教えてくれている作品だと思います。

ほかに、尾崎には「キリンのかなしみ」(「らいおん日和」らくだ出版 03・6)があります。

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「ちょうちんあんこうからの電話」佐野のり子
この語りを、幻聴・幻覚ととらえてしまったのでは、そのおもしろさが半減してしまうのではないでしょうか。わたしは、この作品に、幻想というよりは、「妄想」に近いものを見たように思います。だから、面白いのだ、と。

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「天気予報」前田都始恵
素材は申し分ないのですが、この作品、前田の作品世界としては短すぎるように感じます。ひと息が人よりも長い方ですから、自分の呼吸にあわせて書いて見たらどうでしょうか。「あまのじゃくの初恋」にしてしまうには急ぎ過ぎではないでしょうか。

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「春の水」「タンポポとわたし」紀のア茜
作品「春の水」は、中盤、「春の/一番しぼり」が面白いですね。雪解け水は、生きものすべてにとって何よりの春の恵み。でも、わたしたち人間は、コップから、しかも、浄水処理場で濾過され、化学処理されたものしか飲まない、飲めない、とは…。雪解け水を手で掬って飲む、贅沢なことなのかも知れませんが…。
作品「タンポポとわたし」は、タンポポと「わたし」の言葉の掛け合い。でも、いま、日本に生息するタンポポのほとんどは、西洋タンポポという外来種とか。日本語でも通じるのでしょうか…いえ、互いに「こころの耳」で聞いているのですから、心配ご無用!

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「しろつめ草」「雪」多賀ちあき
作品「しろつめ草」の、少女の頭にしろつめ草で作った冠を載せてくれた「だれか」とは、「青い風の精」なのですね。二人で探せば、きっと、四つ葉のクローバーは見つかるでしょう。
作品「雪」は、雪の上を歩いた時、新雪と根雪では、その音に違いがあることを感覚的に感じることの面白さ、楽しさを教えてくれています。
「雪はだまって」のひとことが、「ぼく」と自然との交感を表現していて、効果的だと思います。

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「ひらがなのように――」「いのちのサイクル(その2)」国吉節子
作品「ひらがなのように」は、哲学を感じさせます。かなしい時は泣き、うれしい時は笑う、そんな当たり前のことに突き動かされる「私」。そんな「私」は、「ひらがなのように生きてきていた」というのです。「ひらがなのように」生きるとは、どんな生き様を指すのか、想像力が掻き立てられ、ぞくぞくします。
作品「いのちのサイクル(その2)」は、小さな生き物たちの世界を切り取ったものです。
蝶もそうですね。卵→いも虫→蛹→成虫、へと「いのちのサイクル」が見て取れます。小さいけれど、それぞれが、しっかりとサイクルを守って生きている、そのことへの感嘆と声援が読み取れます。

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「とぐろ」「リバーシブル」浜野木碧
作品「とぐろ」は、浜野木らしい作品世界が描かれています。この生きもの、実は、わたしは大の苦手。というわけで、感想はバスさせて下さい。
作品「リバーシブル」を読んで、スポットライトを浴びせたばっかりに、それの持っていた何かが台無しになるってことだってあるんだよ、と突きつけられたような気がしました。
なんでもかんでも、表ざたにしてしまう、そのことへの警句なのではないでしょうか。そっとしておいてほしい、そんな気持ちを大切に。ラスト「ひからびて――」が、ずしりと効きました。

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「父の時計」藤川幸之助
作品「父の時計」は、アナログ時計だからこその、温もりというか、時を刻むということの意味を教えてくれているのではないでしょうか。ゼンマイを巻けば蘇るように、人間の記憶もまた、そのように…。

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「罪のない木樵りのように」須田慎吾
タイトルは、何か、西洋の宗教画を連想させます。この作品世界もまた、効率優先のデジタルな世界とは異なる、アナログ的なものを感じさせます。わたしたちは、「ネット世界」に浸かることに疲れているのかも知れません。

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「牛」「さくら」清水ひさし
作品「牛」は、牛が、自分が食べた物を自分のペースでゆっくりと反芻しながら、それを咀嚼し、生きる力へとつなげている、そのことの比喩としての「牛」。そして、人間に食べられ、あるは、人間に乳を搾り取られることを告発することもなく、ただただ、人間が生きる力になってくれれば、…そんな願いが人間に届いているか。
作品「さくら」を読んで、ひらがなの持つ有音性の魅力を感じる一方、有意性を超える力を持つ不思議さにも動かされます。俳句とのコラボも楽しめます。「くらさ」と「明かるけれ」の対比は意識してのことでしょうか。

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「根尾の淡墨桜」村田寿子
痛々しい老木の樹皮と、鮮やかな色彩を誇る花弁の群れ。そのコントラストを、なぜ、わたしたちは「美しい」と感じ、彼らに感嘆の声を贈るのでしょうか。
花びらは、やがて雨や風に打たれて、散り行きます。わたしたちは、それすらを褒め称えます。でも、どんな思いを秘めて、木はそこにあるのでしょうか。青葉が励ましてくれるからでしょうか…。

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「雨の晴れ間」「大 夕立」江崎マス子
作品「雨の晴れ間」を読んでいて、文字通り雨に流されたあとの青空のような気持ちにさせられます。名も無き小さな雑草もまた、雨つぶに光り輝いてなんという優しさを見せてくれるのでしょうか。「影法師といっしょに走り登った」が効果的です。
作品「大 夕立」は、方言詩。タイトル、「大」「夕立」と分けたところが面白いと思います。

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「夕日の向こう」「顔の表情」佐藤一志
作品「夕日の向こう」に、なるほどと思わされ、そして、地球の向こう側の人々の暮らしぶりへと思いを馳せてしまいます。そして、どうして丸い地球の向こう側の人たちは落っこちないのか、とも。
作品「顔の表情」は、目や口のなんと表情の豊かなこと、それに比べ、顔の中心にありながら、なんとも無表情な鼻に注目しています。ただユーモラスなだけではない、その向こうに何か神秘的な、否、皮肉を超えた人間の「たくましさ」のようなものすら覚えさせます。
独特の感性を感じさせ、秀逸だと思います。


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「どんな草も」戸田たえ子
作品「どんな草も」も、そうですが、最近目にする戸田の作品は、一皮むけた、というか、新境地を感じさせるものがあります。
前半と後半の落差。それもまた「人生」を感じさせるのですが…。

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「怖い思い出」原国子
作品「怖い思い出」は、なぜか、わたしに遠い昔のことを思いださせてくれました。
幼い頃、たしか、わたしも似たような体験をしたことがあったはず。でも、それがなんだったのか、やはり、近くの神社で奉納されていた神楽かなんかを見ていたことのことか…。
でも、本当に怖かったのは「叱られない寂しさ」だったとは。大人の世界と子どもの世界の「落差」、それを知ってしまった、ということだったのかも知れません。

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「蛍」小野浩
作品「蛍」を音読していると、読経の席に居合わせた、そんな気がしてくるのです。
リフレインは詩の命。そして、詩は「呪術」のことばだったこと、改めて痛感させられます。
ラスト、「蛍」は、死者の魂の化身だったことがわかります。

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「遠い日」菊永謙
作品「遠い日」は、「どこの**だったのだろう」という自問、そしてリフレイン、などなど、
菊永の詩の世界を余すところなく、見せてくれています。ラストもまた、懐かしさを覚えさせてくれます。

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「火種」はたちよしこ
作品「火種」の二連目、「こころが/凍えていかないように」に、これまでの詩風とは違ったものを垣間見たような気がします。どこまで降りていけば自分が見えてくるのだろうか、そんな自問自答にも似たものを感じさせます。「強い炎」と「頼りない火種」、どちらに真実があるのか、と。

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いつものように、駆け足での寸評になってしまいました。なお、敬称は略させていただきました。
刺激的な作品が多く、新鮮な気持ちでそれぞれの詩世界を楽しむことができました。
作品からの引用にあたっては、誤字・脱字などのないよう努めましたが、お気づきの点がありましたらお知らせください。

                ―この項 完―

2017.4.11



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