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<<   作成日時 : 2017/08/23 07:49   >>

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同人誌『虹 28号』を読む
         佐藤重男
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同人誌『詩・童謡 虹 28号』(虹の会 2017.8)を読みました。
同人8人の作品24編とエッセイなどが収められています。
いつものように、順に見ていくことにします。

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春菜 理央「かたつむり」「メロンソーダ」「空の向こうに」
作品「かたつむり」のそれぞれの出だし、「にょっこりと/○をだしてはかたつむり」の繰り返しが効果的だと思います。「にょっこりと」の表現もなかなか個性的でいいですね。ある意味、既成概念を壊してくれている、そこがおもしろいのかも知れません。
さらに、それぞれの連の終わり、「今日も前進している」「殻の中で夢を見る」も、向日性が読み取れて、好感が持てます。
作品「メロンソーダ」は、「きっとこんな色」「きっと/こんな感じ」の、キッパリ感が「メロンソーダ」を連想させ、とてもいいですね。ラストの「逃げちゃいそうで」は、口語調なのですが、その「破調」によって、余韻がとても生きていると思います。若々しい感性が弾んでいる、とても新鮮な作品になっています。
作品「空の向こうに」も、若々しい感性豊かな作品です。素材の切り取り方も、独特のものがあって羨ましですね。「あかんべえをしてみた」は、なかなか書けないひとことですが、それをあっさり表現してしまう、そこに若々しさが読み取れます。また、ラスト、「からからになるよ」は、空(そら)を「から」と読ませたギャグとも読めて、ニンマリさせられました。
☆あとがき、によると、春菜さんは、今回入会した新人さん。これからの活躍を期待したいと思います。


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前田 都始恵「おてがみ」「プラタナス通り」「三角森」
作品「おてがみ」は、「あおむし」が、楽しそうに舞っている蝶々に手紙を書くことにした、というファンタジックでユーモラスな作品です。ラスト、「どんでん返し」というほどではありませんが、楽しい展開が待っています。
作品「プラタナス通り」も、「青が深まる」「冷たい風」「ごつごつしたこぶし」「子どもたちのにぎやかな声」などなど、色彩と音楽生に富んだ映像が楽しめる好一編です。ラスト、「もうすぐ 一番星が/金メダルをかけてくれるでしょう」は、「命の讃歌」といえるのではないでしょうか。
作品「三角森」を読んでいて、思わず「あるある」と声に出してしまいました。「再開発」の名の元、自然破壊が続いています。いったい、わしたちは、東日本大震災・原発事故から何を学んだのでしょうか。


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新井 和「夏まつり」「カメ」「雨」
作品「夏まつり」の出だし、「ボオッボー ボオッボー」の擬音は一体なんでしょう。気になります。だからでしょうか、気が付くと作品世界に引き込まれてしまっています。また、「はしる」「ゆれる」「いそぐ」の繰り返しが、祭りのわくわく感をうまく表現してくれています。ラスト、「ボク……くたびれた」が笑えます。
作品「カメ」は、カメからイメージされるひょうきんさとは真逆の世界が描かれていますが、そんなカメの持つイメージを生かして、「死」と向かい合う「ぼく」の心情を詠っているところに魅かれます。「妹をのこして亡くなった」と、自分を隠すことで、いっそうその悲しみが際立つ、そんな一編です。
作品「雨」は、ラスト「わたしの心に/水たまりを残して」に、この作者の詩への姿勢が見事に表れていると思います。「上手い!」と唸ってしまいました。


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かわさき 洋子「いちばん かなしかった日」
母親の死を詠った作品ですが、読み終わった後、「いったい何を言えばいいの」と立ち止まらざるを得ませんでした。
よく「○○人いれば○○の出来事がある」といいますが、「死」はそうはいきません。その人にとってはほかに比べようもないたった一つの「死」なのです。100分の1でもなければ、1000分の1でもない、1分の1なのです。


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安田 充「よっちゃんの傘」「家出」「冬の恵み」「わたし 帰ります」
作品「よっちゃんの傘」は、ラスト「よっちゃんの傘 楽しそうだったな」と「よっちゃん」がうらやましがるように、風に飛ばされてどこかへ行ってしまった傘の身になって書かれている、そこが面白いと思います。発想の転換、というか価値観の転換がここにはある、ということかも知れません。
作品「家出」で描かれている「ぼく」の心情は、誰にでも経験のあることではないか、そんなふうに思います。「ぼくは怒っている」と繰り返しながら、ついには、心配しているに違いないお母さんのところへ戻る決意をした、その心境は察するに余りある、というべきでしょう。ここでは、変な同情は禁物でしょう。
作品「冬の恵み」は、なんといっても、ラストの、「パチリ パチ 軒下氷柱の溶ける音」が秀逸です。
作品「わたし 帰ります」は、掌編映画を観ているようですらあります。主人公を女性にしたところがミソですね。この主人公の心境、団塊の世代の人たちにとっては「たまらない」のではないでしょうか。


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宇田川 直孝「ある秋の日に」「風呂焚き」「夕焼けを背負って」「墓参り」
作品「ある秋の日に」は、映像が鮮やかに立ち上がってきます。出だしの「水の落ちた古利根川」、そして、ラストの「秋に浸かっている」の対比が見事です。また、中盤の「優雅な羽ばたき」と「小さな波紋」の対比も素晴らしいと思います。
作品「風呂焚き」も、一枚の絵を見ているような、というよりも、掌編映画を観ているような鮮やかさがあります。かまどの前にしゃがみ込む少年に、いったい何があったのでしょうか。それにしても、「炎」ということばが連想させる、禁断の世界に住む魔物に憑りつかれてしまう、そんな恐ろしさすら伝わってきます。
作品「夕焼けを背負って」は、抒情性に富んでいて、儚くも切ない世界に引き込んでくれます。ラスト三行が効果的です。
作品「墓参り」もこの作者ならではの、抒情性に溢れた世界が描かれているのではないでしょうか。死者への弔いの作法というか、近親者の生と死について、生きていることの「後ろめたさ」の境界を示唆しているようで、新しい発見をしたような気がします。


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鳳 梨花「さる年の梅干し」「職業選択の自由」「世話」
作品「さる年の梅干し」を読んでいて、感性も味覚も鈍ってきた歳になったはずなのに、なぜか両頬の内側からじわりと生唾があふれ出してきて困ってしまいました。これぞ「梅パワー」なのかも知れません。
その他の二つの作品は、バックナンバーに同様の作品が収められているように記憶しているのですが、そのバックナンバーが見つかりません。と言うわけで、感想は次の機会に、とさせて下さい。


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尾上 尚子「しおひがり」「わたすげ」「海の記憶」
作品「しおひがり」「わたすげ」のどちらも、この作者にしては、やや饒舌かな、と感じたのですが、いま、うまく表現できないでいる自分がいます。
作品「海の記憶」は、遠くにあるものへの憧れは、時として、目の前にあるものを見えなくしてしまう…気が付くと波に引き込まれてしまうように。溺れる寸前で助けられた、そんな経験をしたはずなのに、「今もときどき/海を見に行く」のは、「ほんとうのわたしに/会えるのではないか」という思いがあるから、だと言うのです。
わたしは、この作品を読みながら、東日本大震災の津波で命を失った人々、そして、一命を取り留めた人々の想いに重ねてみたのでした。


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いつものことですが、駆け足での寸評になってしまいました。書き手のみなさんには、申し訳なく思っています。
冒頭でも言いましたが、春菜さんが、新しく同人に加わったのですね。「虹」の活性化が期待されます。どうぞ、「継続は力なり」を信じて、どんどん新境地を切り拓いていって下さい。応援しています。

               ―この項 完―

作品の引用にあたっては、誤字・脱字などのないように努めましたが、お気づきの点がありましたらお知らせください。

2017/8/22



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