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zoom RSS 少年詩時評「正しいかどうか」後日談

<<   作成日時 : 2017/09/05 09:33   >>

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少年詩時評「正しいかどうか」後日談
         佐藤重男
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以前、本ブログで『生命、エネルギー、進化』(ニツク・レーン みすず書房 2016.9)という本を読み始めたものの、わずか42頁で挫折したのにも懲りず、『目に見える世界は幻想か? 物理学の思考法』(松原隆彦 光文社新書 2017.2)を読み始めたことを、少年詩時評「正しいかどうかの判断は」というタイトルで紹介させていただきましたが、「ニュートンの運動法則」「電磁気力」「ドルトンとアボガドロ」「気体分子運動論」「マッハ主義」「ペランの実験」などなどの、超難関を「すり抜け」(理解不能のまま)、現在、「第4章―微小な世界へわけ入る」の途中に差しかかっています。p110

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わたしをここまで連れて来てくれたのは、
「物質が原子でできているという知識をいったん忘れて自分の経験だけで考えれば、物質というのはいくらでも分割できるようにも思える//だが、物質の分割を無限に繰り返すことができるというのも、変な話だ。心理的にも、無限といわれると心落ち着かないものだ。想像を絶するからである」p75
そう、この「想像を絶する」に魅かれるからではないか、と思うのです。それがここまで来られたエネルギーになっているのでは、と。
前にも書きましたが、
「物理学がこれほどまでに発展した理由は、まさにこの選別の手段を、自然の徹底した観察に求めたことにある。(略)矛盾のない理論が多数あるとき、その中でどれが正しいのかを決めるのが、自然の観察である。」p33-34
物理学では、真実を究めるために「自然の徹底した観察」を行うわけですが、それは、「想像を絶する」ことを排除していくことに行きつくのではないでしょうか。
一方、繰りかえしになりますが、少年詩・童謡では、「想像を絶する」ことこそ、その対象になる、と言わなければなりません。
にもかかわらず、わたしは、『目に見える世界は幻想か?』を最後まで読み通そうと思っています。
それは、少年詩・童謡にとってもっとも近くにある「小さきもの」と、この本で繰りかえし唱えられている「原子は、その辺にあるどんなに倍率の高い顕微鏡でも見えないぐらい小さい」p75
その間には必ずや「親和性」があるのではないか、と予感しているからです。

                ―この項 完―

2017/9/4



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