同人誌『こぶし 3号』の詩編を読む

同人誌『こぶし 3号』を読む 
                 佐藤重男
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新型コロナの終息が見えないとごろか、日本でも再び感染者が急増しているなか、同人誌『こぶし 3号』(こぶしの会 2020.10)が届きました。
おそらく、様々な試みや工夫があって、こうして『こぶし 3号』が生まれたのだろうと推測され、同人のみなさんのご苦労に思いを馳せるばかりです。
今回は、同人4人の作品17編(エッセイ含む)が収められています。
いつものように、順に見て行くことにします。

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宇田川 直孝「海に向かうとき」「鯉のぼりと雲」「赤い星」「海と空がまじわらないように」
作品「海に向かうとき」は、二つのことを想起させます。一つは、海の向こうに亡き母の面影を見ながら、それと向き合っている「わたし」。そして、もう一つは、母の死を、海に向かうその姿として象徴的にとらえている、というふうに。
作品「鯉のぼりと雲」もまた、ファンタジックな装いを凝らしている作品です。「お日さまのまわりを」「追いかけっこしている」子どもの鯉と雲の子。ほどよい風が吹いているようです。
作品「赤い星」は、一転、のどかさとはかけ離れた世界が描かれています。特に一連目の「黒く焦げた鳥の群れ」は、残虐ささえ含んでいます。三連すべてが、ただならぬ気配に支配され、暗喩であることを承知しているのに、読む者を不安に陥れます。
作品「海と空がまじわらないように」は、イソップ童話を思わせます。「水平線」には、神様の祈りが込められている、だから、どこまで行っても、海と空をきっぱりと分け隔ててくれているのですね。だったら、地震や台風を、その力=祈りでなんとかしてくれ! とは、信仰の薄い凡人の無邪気な無理・難題…。

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鳳 梨花「定義」「日常」「なでる」「体育の日」
作品「定義」を読んでいて、つい最近目にした新聞記事のなかの一節を思い出しました。たしか、「自問自答」が解決へと導いてくれる、と。新型コロナウイルスの正体について、やっと手がかりめいたものが見えてきた、と報じられていますが、…。
作品「日常」も、新型コロナに取材したもの。今年の流行語大賞は、どうやら新型コロナ関連で占められそうですが、「3密」「ソーシャルデスタンス」などは食傷気味ですし、「ウイズコロナ」「新しい生活様式」なんてものは、庶民感覚からはズレ、どうにも鼻持ちならない気がしてなりません。権力者の言う「感染防止と経済の両立」には要注意! どちらも「あなた次第」、…いつかどこかで聞いた「自己責任」とぴったり重なるから不思議?!
作品「なでる」は、どこまでが褒め言葉で、どこからが褒め殺しなのか、そんなふうに、一ひねりして読んだ方が楽しめるようです。実は、わたしは、褒めてあげたくなると、つい、相手の頭を撫でてしまう癖があるのですが、ほとんどの場合、嫌な顔をされます。
作品「体育の日」を読みながら、「敬老の日」について考えていました。実は、わたしの父親の誕生日が「敬老の日」となったからです。そして、不肖の息子は、自治会から「敬老の日のお祝い」をいただく年になったのでした。

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松山 真子「おじぞうさま」「ランプの下で」「けやきの木」「クマゼミ」
作品「おじぞうさま」は、かつて、誰にも〝拠りどころ〟があったことを教えてくれています。家族にも言えない、先生にも、友だちにも言えない、そんなことを聴いてくれる存在がありました。それが、道祖神であったり、お地蔵様であったのでした。わたしたちの身の回りには、願いを聴いてくれる何かがあった…、わたしたちは、それを失ってしまったのでしょうか。
道ばたのおじぞうさまに向かって、一心に祈る少女の姿が目に浮かびます。
作品「ランプの下で」も、今はもう遠い遠い昔の光景になってしまったものの一つです。
「とうさんの小屋」とあり、「わが家」から離れた「作業場」なのかも知れません。何かの都合で、母親以外の家族がそこに集まり、一夜を過ごすのかも知れません。そんな家族を見守ってくれる存在が、ここにもありました。そんな役回りをちょっと自慢したくて、「ランプは/夜のかしら(親分?)」のような気持ちでいるようです。
作品「けやきの木」の主人公の「けやき」は、まるで、お人よしの山男か、駄菓子屋のおばさんのようです。「遊びに来るものは みんな友だち」。わたしも、あの、両手を大きく広げたような欅の木が大好きです。
作品「クマゼミ」は、ことばあそび詩としても楽しめます。セミたちの鳴き声は、種類ごとにも、同じ種類でも、それぞれ聞こえ方が違うようです。ミンミンゼミの鳴き声は、わたしにはお経のように聞こえます。

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安田 充「花もよう」「ばあちゃんと花」「さくら色の手袋」「ひきこもり」
作品「花もよう」は、淡いさくら色の「さくらの花びら」を「かあさまの着物」に、「真っ赤な紅葉」を「ねえさまの着物」に、使い分けていて、それが、おもしろいですね。
作品「ばあちゃんと花」は、花の様子も美しいけれど、「たくさんの花を育てて」きた、ばあちゃんの立ち居振る舞いに軍配を上げています。
作品「さくら色の手袋」は、普通なら、「決して出会うことのない」、「さくら」と「雪」のその出会いを、「手袋」というアイテムを使いながら、ファンタジーとして見事に演出してくれています。先取りしてしまうと、願いや祈りは通じる、ということかも知れません。
作品「ひきこもり」は、社会的な難題を少年詩の題材として取り組んだその姿勢を評価します。ひきこもりは、いまや子どもだけの問題ではなく、つい先日も、テレビで報じられていましたが、大人世代にも関わる社会的テーマになっています。「僕」が部屋から外へ出て行く契機になるのは何か、それは、「ことば」だろうと思います。
「僕」はこう思っています。「密かに ここで待っている」と。そうであればこそ、わたしたちは、ひきこもりについて、多くを語って行く必要があるのではないでしょうか。その「ことば」とは何かを見いだすためにも…。

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駆け足での寸評になってしまいました。ご容赦ください。
今回、新型コロナのなか、「こぶし 3号」が発行されたこと、それをまず喜び合いたいと思います。
そして、今回は、宇田川さんの「赤い星」、松山さんの「おじぞうさま」が、とても印象的でした。
次回も、ぜひ、発見と驚きのある作品を読ませて下さい。


               ― この項 完 ―

いつもの事ですが、作品の引用にあたっては、誤字・脱字などのないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたら、お知らせください。


2020/11/22


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