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<<   作成日時 : 2017/07/07 09:51   >>

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個人誌『風の靴を穿いて 19号』を読む
         佐藤重男
 □
詩とエッセイ『風の靴を穿いて 19号』(北原悠子 2017.6)が届きました。
作品6編とエッセイ「詩と音楽と」が収められています。
作品は、そのどれもがタイトルが付けられていません。「*」マークで区切られています。
その中から一行詩を引いてみます。

     *
夜更けに井戸の月を呑む

一行詩ならではの「切れ味のよさ」が感じられると同時に、断固たる想いが伝わってきます。この作品は、「真夜中」「暮れて」「帰り道」「夕暮れ」と続く作品のあとの五番目に配置されているのですが、一つの流れとして読み通すことでなるほど、とうなづけますが、この作品一つだけでも、十分にその世界を受容することができるのではないでしょうか。

 □
三番目に置かれている作品は、暗喩が秘められている、そんな感じがします。

     *
人と別れた帰り道
鳥の形をした雲が
西へ西へと流れていく

なんどか読み返すと、「あ、そうか」と気づきます。
「西へ西へ」とは、どういうことか…、西は、太陽が沈むところです、ということは、「別れた帰り道」に掛かっているのではないか、と。
…でも、こんなふうに、作品を読み解くのは、あまり感心したことではありませんね。
作品と向かい合う時、字句がどうの、比喩がどうの、言葉遣いがどうの…などと理屈が先立ってはだめです。直感で「鷲掴みにする」、それが一番なのではないでしょうか。でないと、作品は「ドア」を開けてくれない、ということだと思います。

 □
【その日、千人の聴衆で埋めつくされた会場は、ピアノ伴奏が始まると、一瞬にして空気が変わりました】で始まるエッセイ「詩と音楽と」は、いろいろと示唆に富んでいて、刺激的です。
とりわけ、
【詩は音楽であり、音楽は詩です。詩も音楽も、「沈黙」から生まれ、「沈黙」へと帰っていきます。詩を書くことは、深い井戸から、大空に小鳥を飛び立たせる行為に似ています。】
の一節は、なんども繰り返して読むに値する、そう思います。
そして、こうも言います。
【言葉や音で表現できない世界を、どこまでも言葉や音で表現しようとする―この矛盾と相克の中であがいているのが、詩人や音楽家です。】

            ―この項 完―

作品の引用にあたっては、誤字・脱字などのないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたらお知らせください。

2017.7.6


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