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<<   作成日時 : 2017/07/21 21:47   >>

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詩集『オレンジ色のあかり』を読む
         佐藤重男
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詩集『オレンジ色のあかり』(名嘉実貴 四季の森社 2017.4)が出ました。作品31編が収められています。
いつもは、順に作品を見ていくのですが、今回は、この詩集の特徴について考察してみたいと思います。

 □
どの作品も、激しい怒り、深い悲しみ、大きな感動…などなど、日常を揺るがす何かがあるわけではありません。むしろ、そのような「非日常の出来事が何もない」ことが特徴になっていると言えます。
母親、大切なぬいぐるみ、あたらしく家族の一員になった赤ちゃんたち、猫…そんな誰かが近くにいる事の「しあわせ」。
そして、自然に包まれていることへの安心感と充足感…、日常の中に、こんなにも「豊かさ」が溢れている、そのことへの気付き、発見と驚き…いわば、何もない事の豊かさ、それがこの詩集の大きな特徴ではないでしょうか。
そういう意味でも、この詩集は、少年詩・童謡の「王道」だといっていいのかも知れません。
何もないことの「豊かさ」を教えてくれている作品「初夏」の全文を引いてみます。

 初夏     名嘉実貴

かけぶとんを一枚
押入れの奥にしまった
たんすの奥から
半そでのパジャマを出した

朝の光が
まぶしく差しこむ部屋で
目をさました

カーテンを開けたら
紅いハナミズキが咲いていた

サンダルをはいて
新聞を取りに行った

隣の家の庭で
藤の花が
ぶどうのようにゆれていた

こよみの上では
今日から夏

あじさいの葉の上を
てんとう虫があるいていた

               詩集『オレンジ色のあかり』四季の森社 2017.4 

 □
また、作品「ひとりで」は、小学校に通うことになった少女が、自分の部屋をはじめてもらい、一人で寝るようになるのですが、その喜びと不安を「オレンジ色のあかりは」消さないでと、心の揺れを見事に描いています。この少女の心境が、詩集のタイトルにもなっているのです。
作品「ねこ」も、ありふれた日常の風景≠フ中にこそ、何か大切なものが隠れていることを教えてくれています。その全文を引いてみます。

 ねこ     名嘉実貴

青いお空が見たくなって
青いお空に近づきたくなって
屋根にあがってみた

ちょっと考えごと
たまにひるね
ごろんと ねそべる

おなか すいたなあ
ああ いわし雲
そろそろ
おひるごはんにしよう

               詩集『オレンジ色のあかり』四季の森社 2017.4 


 □
そして、独り立ちしたねこが、母親との懐かしい日々を回想する作品「空地」は、親子のつながりの在り様を見事に描いていて、わしたちの心を優しく慰撫してくれます。
また、U〈ママの笑顔〉の章に収められている作品もまた、先ほど言った、「非日常の出来事が何もない」ありふれた日常の奥深くに仕舞い込まれている大切なもの≠、平易なことばで「見える化」してくれているのではないでしょうか。
そうしてみたとき、繰り返しになりますが、ありふれた日常を、やわらかなことばで、丁寧に描くことで、日常に存在する「豊かなるもの」への接近を試みている、それが詩集
『オレンジ色のあかり』なのだ、と言い切っていいのかも知れません。

 □
表紙・裏表紙は、赤ちゃんを抱いた母親と、膝を立てて遠くを見つめる青年の人物画なのですが、かなりトーンの抑えられた、地味な印象のものになっています。これは、著者の希望に沿ったものか、あるいは、編集者の配慮によるものなのか、どちらなのでしょう。
また、作品を配置するにあたって、特に、T章のなかで、季節の移り変わりから外れるものが数篇入っていますが、仕方がない面もあるのかな、という気持ちの半面、一冊の詩集としてみたとき、それなりの目配りも大切なことかな、とも思いました。
(例えば、「夏の朝」の次に置かれている「砂場の」「はなちゃん」の二編は「夏」でもなければ「秋」でもないのではないでしょうか。わたしの「ないものねだり」というよりは、読み手のリズムを大切にして、という期待の表れ、だと受け取ってください)
詩集『オレンジ色のあかり』(名嘉実貴 四季の森社 2017.4)をまだ手にしていない方は、ぜひ、目を通してみてください。そして、わたしのいう「少年詩・童謡の王道」であるかどうかを確かめて見てください。

 □
実は、一つ、書き残したことがあります。
それは、詩集『オレンジ色のあかり』には、「父親」が一度として登場しない、ということです。
草木、猫たちにしても、です(もっとも、草木に「雄雌」があるのか、と言われるとはなはだ心もとないのですが、たしか、イチョウには「雄雌」があると聞いたことがありますし、多くの草木には雌花雄花がありますよね…ゴーヤやキュウリetc)。
登場するのは、すべて、「産む」性としての、「母」なるものだけです。(わたしは、少年詩・童謡の「世界」では、草木も含めて、登場するすべてのものは「女性」性だと考えています。そのこともまた、少年詩・童謡の「王道」なのでは、と思います。)
もし、詩が呪術≠ニしての「霊への目覚めへの呼び出し」なのだとしたら、霊媒者がことごとく「女性」性を帯びているように、そして、この世のものすべてが「女性」性から産まれてくるように、太陽が女性である、といわれるように、この詩集もまた、そのようにして産まれてきたのかも知れません。

 □
いつもの事ですが、作品の引用にあたっては、誤字・脱字などのないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたら、ぜひお知らせください。
また、作品の全文引用にあたっては、著者・出版社の許諾を得ていませんが、論考への引用であり、出典先を明記してあることでお許しいただければ幸いです。

             ―この項 完―
2017/7/20



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