少年詩時評『二つの新聞記事 絶滅危惧種と新型コロナ』

少年詩時評『二つの新聞記事 絶滅危惧種と新型コロナ』 
                 佐藤重男
 □
昨日の朝日新聞夕刊のトップに【「世界一幸福などうぶつ」かわいさの裏に】という、絶滅が危惧される希少種についての記事が掲載されています。これは、先日紹介した、朝日新聞2020年6月17日付夕刊「歌えば広がる原風景」と題されたトップ記事に続くものと言ってよいでしょう。
それにしても、本ブログで現在、『少年詩の生きもの図鑑』という論考――その序章として「絶滅危惧種」について考察しているさなか、新聞紙上でこのような記事が続いて掲載されていることに、励まされる思いがします。

 □
本論考における「絶滅危惧種」とは、二つの新聞記事とは趣のことなるものであることは、「序章」の中でも詳述していますが、いま、わたしの論考について、わたし自身、いくつか懸念していることがあります。
それは、わたしの論考が、少年詩の作品に登場する回数の多い種は、何か優位性を持っており、少ない種は何か劣っている、ということになっていないか、ということです。
どの種が人間に近く、どの種が人間から遠い、その距離感を物差しにして、種の優劣を競う場にしてしまってはいないか、というふうにです。
つまり、そのような観点から、少年詩のなかの絶滅危惧種を取り上げてしまったのでは、道ばたにころがっている石ころ一つにも、その存在価値と意味がある、と言い続けてきたことは詭弁にすぎないのではないか、と自問自答しているところです。

 □
現代詩の一つである、少年詩が誕生して70年余り。次のような先人の問題意識を、わが事のそれとして取り込まなければ、と思い知らされているところです。
【 生物としてのヒトは現に進化しつつある実体である。地球上に生存している野生の植物たちもまた、日ごとに進化している。生きているとは、ものを食べ、呼吸をし、活動し、子孫をつくっていくことであるが、それと同じように、悠久の時をかけて進化していることでもある。
 進化している、とはどういうことだろうか。それは目に見える動きではない。目に見える効果が現れるのは、万年の単位で数える時間を経てからの現象だからである。】(「日本絶滅危惧植物」岩槻邦男 海鳴社 1991.8 第3刷 より抜粋)

 □
新型コロナによる感染者は世界で1000万人、死者は50万人を超えました。
日本でも、宣言解除後、連日、100人を超える感染者が出ています。
「新しい生活様式」なる提言の是非はともかく、「ウィズ・コロナ」は避けては通れません。
だからこそ、わたしたちは、「絶滅危惧種」について考察を深めなければならないと思います。そういう意味でも、先ほど紹介した岩槻の提言は、わたしたちの共有財産とすべきものではないでしょうか。

               ― この項 完 ―
2020/6/30



少年詩時評『沖縄 慰霊の日 75年目の追悼式』

少年詩時評『沖縄 慰霊の日 75年目の追悼式』 
                 佐藤重男
 □
6月23日、沖縄は、75年目の「慰霊の日」を迎えました。
知られているように、沖縄戦では、日米併せて約20万人が亡くなっています。
「慰霊の日」の当日、戦没者追悼式で、「平和の詩」が読み上げられましたが、その、「あなたがあの時」(高良朱香音さん(高3))の詩を、みなさんも目にされたことと思います。
その詩は、単なる反戦の意志を超え、若い人たちの「沖縄戦を風化させない」思いも込められていて、わたしたちを奮い立たせてくれます。中でも、〈あなたがあの時/あの人を助けてくれたおかげで/私は今 ここにいる〉の一節は、いままでにない視点から歴史を読み解いているのではないでしょうか。
詩だからこその、何かがここにある、そんな感慨を新たにさせてもくれました。

 □
わたしたち大人も、新しい切り口で、新しい語り口で、そして、清新な意志を漲らせて、少年詩の詩作に取り組んでいきたい、そんな決意にも似た気持ちで、コロナ禍の社会に向き合っていけたら、と呼びかけたいと思います。

          ― この項 完 ―

いつものことですが、作品の引用に当たっては、誤字・脱字等のないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたらお知らせください。


2020.6.25

訂正『少年詩の生きもの図鑑―序章② ほ乳類編』

訂正『少年詩の生きもの図鑑―序章② ほ乳類編』 
                 佐藤重男
 □
以前公開した、『少年詩の生き物図鑑―序章② ほ乳類編』の文中、誤りが見つかりましたので、訂正し、お詫びします。

誤→生きものの総数4276 一回だけ登場22 種の総数103
正→生きものの総数3941 一回だけ登場28 種の総数103

間違いの原因は、ある出版社の詩集(シリーズ)の調査内容(ほ乳類)が、データ化する過程で、別の出版社のものと重複していたためです。
なお、序章①~⑥までの論考のなか、上記の部分に関連する記事についても訂正させていただくこととします。(全文の再掲載はいたしませんので、ご了承ください)
  *
以後、確認を十分に行い、同様の間違いがないように努めます。

2020.6.24

少年詩時評『少年詩とウイルス』

少年詩時評『少年詩とウイルス』 
                 佐藤重男
 □
現在連載中の『少年詩の生きもの図鑑―序章①~⑥』の中には登場しませんでしたが、いま世の人々を悩ませて止まない、新型コロナのようなウイルスが登場する作品はあるのか、
気になりませんか。
実は、ウイルスが登場する作品が、あります。しかもそれは、絶滅危惧寸前と言っても過言ではありません。
なぜなら、わずか二編の作品にしか登場しないからです。
その作品とは、詩集『まめつぶた』(まど・みちお少年詩集 現代少年詩プレゼント 理論社 1989.8 21刷)に収められている、作品「ちきゅうもすっぽり」と、詩集『原っぱの虹』(菊永謙 子ども*詩の森 いしずえ 2003.11初版)に収められている、作品「野の花」です。


  ちきゅうもすっぽり     まど・みちお

アリの下は ノミ
ノミの下は ミジンコ
ミジンコの下は 目に見えないバイキン
バイキンのまだずうっと下には ウイルス

それなのに 大きいほうは
カバの上が ゾウ
ゾウの上が クジラ
で おしまいとは不公平だな

―以下、4連15行

          詩集『まめつぶた』現代少年詩プレゼント 理論社 1989.8




  野の花     菊永 謙

2連19行

2行
野の花の代わりに
金属の 液体の ウイルスの ガスの ウランの
最新の 開発の品々を
いちどきに激しく花ひらかそうと
イラクの大地を選ぶ

―以下、1連7行

        詩集『原っぱの虹』子ども*詩の森 いしずえ 2003.11


 □
作品「ちきゅうもすっぽり」は、まど・みちおらしい、ユーモラスな事物詩。アリ→ノミ→ミジンコ→バイキン→ウイルスと続きますが、そのうち、少年詩のなかの絶滅危惧種として登場するのは、まどの「ちきゅうもすっぽり」のなかのバイキンだけです(ただし、わたしが読むことが出来た、433冊16800編の作品が対象、以下、同じ)。
ミジンコは他に2回、2冊の詩集(詩集『よいお天気の日に』宇部京子 ジュニアポエム双書№113 銀の鈴社 1996.3初版/詩集『空への質問』高階杞一 詩を読もう! 大日本図書 1999.10初版)の作品に一回ずつ登場します。
そして、なんとノミは、少年詩では人気者で、24回も登場します。14冊の詩集に、タイトルで6回、作品に18回も登場します。

 □
作品「野の花」は、イラク戦争に取材したものです。
詩集『原っぱの虹』が発行されたのが2003年ですから、題材になっているのは、1998年12月の、米英軍によるイラク攻撃ではないか、と推察されます。
この米英軍によるイラク攻撃が、2001年9月の「米国同時多発テロ」の引き金になったとも言われています。
なお、イラク戦争に取材した作品には、次のものなどがあります。

 
 イラク戦争   高木あきこ

戦争って
むかしのことだと思っていたのに
三月 わたしの小学校の卒業式の日
戦争がはじまった

毎日 テレビが〈戦争〉をうつす
戦車の列が土煙をあげてすすみ
ミサイルが夜の空をとび
飛行機が爆弾をおとす
建物が燃えあがる

さまざまな攻撃がくりかえされ
イラクの人が つぎつぎに死んでいく
血だらけで道にころがっている男の人
腕に穴があいて 骨まで見えている女の人
病院のかたいベッドで
顔じゅう包帯をまかれて
息をしているかどうかわからない子ども

以下、5連31行略

           詩の風景『どこか いいところ』理論社 06・11




 イラクの絵本   白石はるみ

どうして泣いているの
ランプから飛び出した大魔王
それはね
ナツメヤシの陰で呪文をとなえても
地雷がどこにあるかわからないから

1連5行

どうして舟にのるのをやめたの
盗賊をたおしたアリババ
それはね
空から降ってくる爆弾におびえる
子どもたちを助けることができないから

               「空のシンフォニー」てらいんく 06・9




 青い空     田代しゅうじ

1連7行

戦争が終わった日
さるすべりの赤い花の上に
青い青い空を見た
あのときもう空襲がないという
安心とうれしさがあった

イラクの子供たちに
あの青い空を見せてあげたい
青い空を見せてあげたい
青い空に真っ白な鳩が飛んだらいいな
そしてぼくの胸から
世界の友達へ
青い空に真っ白な鳩を飛ばせてあげたい

以下、1連2行

           『野にある神さま』てらいんく 06・1 



 *
ぜひ、それぞれの詩集を手に取り、全文に目を通していただけたら、と思います。
いつものことですが、作品の引用にあたっては、誤字・脱字などのないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたら、ぜひお知らせください。

               ― この項 完 ―
2020/6/21


『少年詩の生き物図鑑―序章⑥絶滅危惧種 昆虫編』

『少年詩の生き物図鑑―序章⑥絶滅危惧種 昆虫編』 
                 佐藤重男
 □
今回は、少年詩・童謡集に登場する生きもののうち、昆虫類の絶滅危惧種について見ていくことにします。
資料として使うのは、前回同様、1967~2019年のあいだに発行された少年詩・童謡集のうち、わたしが読むことができた、433冊、16800編の作品です。

 □
ではまず、前回と同様に、少年詩・童謡集のタイトル、作品にたった一回しか登場しない昆虫について拾い出してみることにします。

[タイトル]
タカネヒカゲ 詩集『日本海の詩』(鶴見正夫少年詩集 現代少年詩プレゼント 理論社 1991.7 16刷)
アリマキ   詩集『虫の恋文』(西沢杏子 花神社 2014.10初版)
こめつき虫  〃

以上、3種のみです。

[作品]…
[固有名詞]ハタオリ、ミジンコ、コメツキバッタ、ショウリョウバッタ、ハサミ虫、スノーウィ・トリー・クリケット、ミヤマサナエ、アオドウガネ、ツユムシ、ノビル、オトシブミ、ツマグロヨコバイ、チャバネフユエダジャク、ボウフラ、カイガラ虫、アメリカシロヒトリ、クチベニマイマイ、クサキリ、エシバカゲロウ、ゾウリムシ、まゆ、クツワムシ、トックリバチ、カンタン かまどうま、ナガメ、てんとうむしだまし、ふうせんむし、コノハムシ 29種
[その他]
地虫 1種

以上、たった一回だけ作品に登場するのは、タイトルと作品を併せて33種の昆虫となります。「昆虫類」に登場する種の総数は113ですから、約29.2%の昆虫たちは、たった一回その姿を見せてくれるだけ、ということになります。この数字は、前回の「その他の生きものたち」の50%に比べると、かなり少ない数字になっています。
なお、作品のタイトルと同じ作品の本文にそれぞれ一回だけ登場する昆虫類(約束に従って登場数1回と数えます)は、次の通りです。
 ナガメ、てんとうむしだまし、ふうせんむし、コノハムシ 

 □
では、続いて、これらの鳥たちが登場する少年詩・童謡集がいつ発行されたものなのか、それを見てみましょう。
まず、タイトルに登場する昆虫は、
1967-1979 タカネヒカゲ
1980-1989 **
1990-1999 **
2000-2009 **
2010-2019 アリマキ、コメツキムシ
続いて、作品では、
1967-1979 ハタオリ ミジンコ、コメツキバッタ、ショウリョウバッタ、ハサミ虫 (5種 40冊 1919編) 
1980-1989 クチベニマイマイ、クサキリ、てんとうむしだまし、ふうせんむし (4種 63冊 2622編) 
1990-1999 まゆ、地虫、ウスバカゲロウ (3種 102冊 3497編) 
2000-2009 ゾウリムシ、ノビル、オトシブミ、ツマグロヨコバイ、ミヤマサナエ、クツワムシ、アオドウガネ、ツユムシ、スノーウィ・トリ・クリケット、トックリバチ、カンタン、チャバネフユエダシャク、コノハムシ、かなどうま (14種 159冊 6178編) 
2010-2019 カイガラ虫、ボウフラ、アメリカシロヒトリ、ナガメ (4種 69冊 2584編) 

[メモ]
タカネヒカゲ→チョウ目(鱗翅目)タテハチョウ科ジャノメチョウ亜科に属するチョウの一つ。北アルプス・八ヶ岳およびその周辺の高山帯にのみ分布。
           ――フリー百科事典「ウィキペディア」より抜粋
アリマキ→昆虫綱半翅目アブラムシ類の別名。
           ――日本大百科全書(ニッポニカ)より抜粋

そして、なんと、タカネヒカゲは、現実の社会でも環境省指定絶滅危惧種でした。
また、アリマキについては、「アリと共生」という記述もありました(フリー百科事典「ウィキペディア」)。

 □
ミジンコ、ハサミ虫、ボウフラ、クツワムシなどは、わたしたちにとって馴染みのある昆虫たちですが、少年詩・童謡集には、たった一回しか登場しない、そのことに驚かされます(このことについては、あとで詳しく触れることになります)。
コメツキバッタ、こめつき虫など、昭和の時代に暮らした人たちなら身近に感じるでしょうが、お米をあまり食べない今の若い人たちにはどうでしょうか。
と思っていたら、なんと、こめつき虫がたった一回登場するのは、詩集『虫の恋文』(西沢杏子 花神社 2014.10初版)です。
こんなふうに登場します。

 こめつき虫     西沢杏子

国分寺の古屋では
戸袋の下に いる
濡れ縁に いる

4連11行略

くきっ と跳ねる
音で生きてる

           『虫の恋文』花神社 2014.10 より



出版年が比較的最近なので、ちょっと驚きましたが、「戸袋」などの文字が出てくることから、なるほどと合点できてしまうのは、西沢とわたしが同世代のせいかも知れません。

 □
ウスバカゲロウは、蟻地獄(アリジゴク)の成虫。オトシブミも、滅多に目にしませんが、
なんとなく、可愛げのある昆虫だろう、と勝手に想像してしまいます。なにしろ、その名前がいいですね。
カンタン、ってどんな虫でしょうか。初めて聞く名前なので、調べてみました。
 [カンタン(邯鄲)]極東に分布するバッタ目コオロギ科。中国の古都邯鄲は当て字で、鳴き声から名がついたものという。夏の終わりから晩秋までその声を聞く。個体としての寿命は短い。スズムシほどの大きさで、鳴いている時のシルエットもやや似ている。――フリー百科事典「ウィキペディア」より抜粋

それにしても、「てんとうむしだまし」が気になりませんか?
いったい、どんな昆虫なのでしょうか。調べて見て驚きました。結論から言うと、「害虫」に分類される昆虫でした。
 [テントウムシダマシ(幼虫)]背中にトゲのような突起があり、ずんぐりとしたタワシの様な形。アブラムシを捕食するナナホシテントウの幼虫とは形状が異なる。
              ――住友化学園芸より抜粋
 [テントウムシダマシ]は俗称で、テントウムシ科に属する「ニジュウヤホシテントウ(二十八星天道)」と「オオニジュウヤホシテントウ」のことを指す。草食のテントウム
  シで、ナス科の植物を好んで食べるので[害虫]とされている。
              ――小さな園芸館より抜粋

「てんとうむしだまし」に、わたしたちもまんまと騙されたわけです。

 □
『少年詩の生き物図鑑―序章 絶滅危惧種』というタイトルで6回にわたって掲載してきましたが、今回が、その最後となるので、全体について簡単にお浚いをして、いよいよ本編に向かおうと思います。(「登場する総数」は、タイトルと作品との合計です)

     種の数  登場する総数   一回だけの種の数
哺乳類  103    4276      22
鳥類   151    2897      52
昆虫類  113    3407       33
魚介類  212    1963      97
爬虫類 18 621 7
その他  146    942       73

当初、種の数が最も多いのは、「昆虫類」ではないか、と推測していたのですが、違っていました。なんと「魚貝類」でした。さらに、「その他」が三番目に多かったことも、やはり意外なことでした。
繰り返しになりますが、この数字は、あくまでも少年詩・童謡集に登場する生きものたちが対象であり、また、分類の仕方は、ここだけの便宜的なものであることをご承知おき下さい。
そういう意味では、本編での論考とも関わるのですが、詩集に登場する生きものたちの総数にぜひご注目して下さい。
そうしてみると、一位は「ほ乳類」、二位は「昆虫類」ということになり、妥当な数字かも知れません。

 □
ここまでお付き合いしていただい方に、感謝の気持ちを込めて、ぜひ、「お土産」を差し上げようと思います。
では、少年詩・童謡集に登場する生きものたちの中で、登場回数が上位三位に入ったものは何か、推理してみて下さい。ヒント:それぞれのジャンルごとにアイウエオ順にならべてあります。正しく並べ替えてください(繰り返しになりますが、資料として使っているのは、1967~2019年のあいだに発行された少年詩・童謡集のうち、わたしが読むことができた、433冊、16800編の作品です)。

ほ乳類  いぬ、うさぎ、ねこ
鳥類   すずめ、とり、ことり
昆虫類  せみ、ちょう、とんぼ
魚貝類  貝、カニ、魚
爬虫類  カエル、カメ、ヘビ
その他  鬼、お化け、魔法使い



               ― この項 完 ―
2020/3/13
2020/5/27
2020/6/13

少年詩時評『童謡についての「農研機構」の成果公表』

少年詩時評『童謡についての「農研機構」の成果公表』 
                 佐藤重男
 □
朝日新聞2020年6月17日付夕刊「歌えば広がる原風景」と題されたトップ記事を目にして、びっくり仰天!
本ブログを継続的にお読みいただいている皆さんも、きっと驚かれたことと思います。
「童謡の歌詞 4分の1に山、桜、蛍…」というリードや、後半部分の「登場する自然 危ぶむ声も」のなかの「メダカは絶滅危惧/減る松林」など、既視感満載…。
それにしても、「農研機構」、よくやってくれました。「1.3万曲を分析」とありますが、本当に頭が下がります。
また、記事のなかに、
[チームは国立音楽大学付属図書館の「童謡・唱歌作新」で調べられる、1万2550の童謡・唱歌の冒頭部分の一節を分析。ほとんどの歌は、義務教育が始まった1872年から、終戦の1945年までに作られたとみられる](朝日新聞記事より抜粋)
というくだりは、わたしたちにとって大いに参考になる部分ではないでしょうか。

 □
それにしても、「少年詩の生きもの図鑑」の連載開始(現在は「序章」)とほぼ同時に、童謡についての研究成果が公表されたことは、偶然以上の何かを感じます。
わたしたちを突き動かしたように、八百万の神々が、「農研機構」という大きな組織をつき動かしたくれたのかも知れません。
恐らく、書籍として刊行されるでしょうから、その日が早く訪れることを期待し、わたしたちも、いよいよ「少年詩の生きもの図鑑」の本編に取りかかる事にしましょう。


               ― この項 完 ―
2020/6/18

『少年詩の生き物図鑑―序章⑤絶滅危惧種 爬虫類編』

『少年詩の生き物図鑑―序章⑤絶滅危惧種 爬虫類編』 
                 佐藤重男
 □
今回は、少年詩・童謡集に登場する生きもののうち、爬虫類・両生類の絶滅危惧種について見ていくことにします(以下、爬虫類、と総称する)。
資料として使うのは、前回同様、1967~2019年のあいだに発行された少年詩・童謡集のうち、わたしが読むことができた、433冊、16800編の作品です。

 □
では、前回と同様に、少年詩・童謡集のタイトル、作品にたった一回しか登場しない爬虫類について拾い出してみることにします。
[タイトル]
 サンショウウオ 詩集『雲のスフィンクス』(日野生三 ジュニアポエム双書№38 教育出版センター 1986.3.28初版)

次に、たった一回だけ作品に登場する、爬虫類を拾い上げてみます。前回に倣って、カテゴリー別に分けてみました。
[固有名詞で登場]
 サンショウウオ 『地球の病気』(藤田圭雄 詩の本5 国土社 1979.10初版1990.12第11版)
 エリマキトカゲ 『ちょっといいこと あったとき』(すぎもと れいこ ジュニアポエム双書№165 銀の鈴社 04.7)
 サソリ 詩集『心の窓が目だったら』(井上灯美子 ジュニアポエム双書№201 銀の鈴社 2009.10初版)
 イモリ 『白い太陽』(津坂治男 ジュニアポエム双書№251 銀の鈴社 15.8) 
 キノボリトカゲ 『エリーゼのために』(白石はるみ ジュニアポエム双書№282 銀の鈴社 18.7) 
[その他]
 爬虫類 『しおまねきと少年』(吉田瑞穂 ジュニアポエム双書№8 銀の鈴社 77.3)

*爬虫類が少年詩・童謡集に登場するのは、予想通り少なかったので、詩集名についても明記しました。

以上、たった一回だけ登場するのは、タイトルと併せて7種の爬虫類となります。「爬虫類」に登場する種の総数は18ですから(これまで見てきた生きものたちに比べ、驚くほど少ないのですが…)、約39%の生きものたちは、たった一回その姿を見せてくれるだけ、ということになります。この数字は、「鳥類」の34.4%に近い数字になっています。
なお、作品のタイトルに登場し、さらにその作品のなかにも顔を出している爬虫類(約
束に従って登場数1回と数えます)は、一種もいませんでした。

 □
では、続いて、これらの爬虫類たちが登場する少年詩・童謡集がいつ発行されたものなのか、それを見てみましょう。
まず、タイトルに登場するのは、サンショウウオただ一種でしたね。
1967-1979 **
1980-1989 サンショウウオ
1990-1999 ** 
2000-2009 **
2010-2019 **

続いて、作品では、
1967-1979 爬虫類 1(冊数、作品数は略す。以下、同じ)
1980-1989 **
1990-1999 サンショウウオ 1
2000-2009 エリマキトカゲ、サソリ 2
2010-2019 イモリ、キノボリトカゲ 2

 □
エリマキトカゲが一大ブームとなった1984年は、空前の焼酎ブームの年でもありました。チキンナゲットや使い捨てカイロなどが「ヒット商品」となり、そして、週刊少年ジャンプが400万部を突破、グリコ森永事件が世間をあっと言わせたのは、もう40年近く前の事になります。この年は、詩集『そらいろのビー玉』(尾上尚子 銀の鈴社)が出版された年でもありました(日本児童文学者協会賞受賞)。
また、サソリ、イモリも、よく耳にする生きものですが、毒を持っていたり、その容姿がグロテスクであったりと、なかなか登場の機会を与えられない、〝残念な生きもの〟のようです。(イモリは、自己防衛のために皮膚に毒を持つ種が多い。また、人命にかかわるほどの強毒を持つのは一部のサソリの種である――いずれも、フリー百科事典「ウィキペディア」より抜粋)
一方、キノボリトカゲなどは、エリマキトカゲ同様、ネーミングにしても、なかなか可愛らしい生き物ですが、少年詩・童謡集の中では「絶滅危惧種」になっています。
サンショウウオは、現実の世界でも希少種として知られ、中でも、オオサンショウウオは、ワシントン条約で絶滅危惧Ⅱ類に指定され取引が禁止されています。
 
 [サンショウウオ(山椒魚)]両生綱・有尾目サンショウウオ上科に属する動物の総称。
 日本のほか、中国、台湾、米国などに生息。
                ――フリー百科事典「ウィキペディア」より抜粋

かつては、田畑や裏山の小川に行けば、サンショウウオを見ることは難しい事ではありませんでしたが、開発が進むのと同時に、その姿はほとんど見られなくなりました。
つまり、サンショウウオがいなくなったのではなく、彼らが生息する場所がなくなった、人間に奪われた結果なのだ、ということに尽きます。
ある本にこんな一節があります。
【野生植物のうち、絶滅してしまったものや、絶滅の危機に瀕している種が多い。人間生活の多様化の影響を受け、野生の生物のうちに、生活場所を失っていくものがあとを絶たない】――『日本絶滅危惧植物』(岩槻邦男 海鳴社 1991.8第3刷 P9)

               ― この項 続く ―
2020/4/23
2020/5/28
2020/6/17

『少年詩の生き物図鑑―序章④絶滅危惧種 魚介類編』

『少年詩の生き物図鑑―序章④絶滅危惧種 魚介類編』 
                 佐藤重男
 □
今回は、「魚介類」について取り上げます。
これまでと同じように、まず、少年詩・童謡集のタイトルに登場する回数が、たった一回だけという魚介類について拾い上げてみます。
資料としたのは、1967~2019年のあいだに発行された少年詩・童謡集のうち、わたしが読むことができた、433冊、16800編の作品です。

 □
では、タイトルにだけ一回、登場するものたちです。

 ガザミ 「海中水族館」(のろ・さかん 詩の山なみ らくだ出版 90.8)
 マトダイ    〃
 ルリエビ    〃
 オキノスジエビ 〃
 アカハタ    〃
 ガシラ 「空からの手紙」(吉田享子 子ども・詩のポケット№13 てらいんく 05.9)
 海綿 「まっかな秋」(薩摩忠 ジュニアポエム双書№30 銀の鈴社 85.7)
 リュウグウノツカイ 「雨のシロホン」(柏木恵美子 ジュニアポエム双書№138 
銀の鈴社 99.10)
 オニオコゼ  〃
 瑠璃スズメ 「人魚の祈り」(石井春香 ジュニアポエム双書№194 銀の鈴社 09.1
 総計、10種。

[メモ1]
これらの魚介類について簡単に紹介します。
ガザミ→ワタリガニとも呼ばれる。食用。
マトダイ→「マトウダイ科」。「的鯛」。
ルリエビ→
オキノスジエビ→赤みがかった半透明。水深40㍍以深に生息。
アカハタ→スズキ目ハタ科。海水魚。
ガシラ→カサゴの別名。
海綿→海綿動物の総称。
リュウグウノツカイ→アカマンボウ目リュウグウノツカイ科。大型深海魚。
オニオコゼ→カサゴ目オニオコゼ科。オコゼとも称される。
ルリスズメ→スズキ目スズメダイ科。全身が瑠璃色。

 □
次に、作品に一回だけ登場する魚介類です(詩集名は略します)。
[魚類]
さいら、にな ドンコ、たいらぎ、グチ、モツ、ブルーギル―、ブラックバス、ヒメマス、
サワラ、ペラ、イシダイ、ママカリ、ザッパ、シーラカンス、フカ、ウグイ、電気エイ、
アメゴ、イリャ魚、ハリヨ、タナゴ、クチボソ、ワカサギ、オジサンダイ、イットウダイ、
ネンブツダイ、ハクレン、メジナ、カエル魚、コバンザメ、ヤスミ、山太郎、カナガシラ、
ハモ、ナポレオンフィッシュ、ピラニア、クロダイ、ウルメ、チリボタン、ホウボウ、ク
エ、ゴンズイ、クマエビ、カノコウオ、グッピー、ネオンテトラ、ペンギンテトラ、ラン
プアイ、トランスルーセント、イザブクトウ、ホタルイカ、マンタ、グラスフィッシュ 54  

[貝類]
ツブ貝、スガイ、セタシジミ、ソデガイ、ミル貝、カキ、ウズマキ貝、アコヤ貝、イモ貝
、ウミユリ、クロガイ、夜光貝、バカ貝、フエフキ、タカラ貝、スミヤキ貝、ウミウサギ、
オオイトカケ、アサガオガイ、ベニガイ、オルガンガイ、マツギガイ、キリガイ、タケノ
ミガイ、マツバガイ、ホラガイ、ヒオウギ、二枚貝、アミガイ、ターバン貝 30

[甲殻類]
イワガニ、カメノテ、カブトガニ、 3

[その他]
なし

 □
このように、一回だけ登場するのは、タイトルで10種、作品で87種の計97種です。
「魚介類」の種の総数は212ですから、約45.7%の生きものたちは、ただ一回その姿を
見せてくれるだけ、ということになります。
この数字は、「その他の生きものたち」の50%にもっとも近い数字になります。
また、ヒメマス、サワラ、フカ、ワカサギや、アコヤ貝、ホラガイ、そして、イワ蟹、など、わたしたちにとって馴染みのある生きものたちが、たった一回しかその姿を見せないのは、やはり驚きです。
なお、参考までに付け加えておくと、作品のタイトルに登場し、さらにその作品のなか
にも顔を出しているもの(約束に従って登場数1回と数えます)は、次の魚介類たちです。
マンタ、グラスフィッシュ、ホタルイカ、イザブクトウ、グッピー、ネオンテトラ、ペン
ギンテトラ、ランプアイ、トランスルーセント、アミガイ、カノコウオ、クエ、ゴンズイ、
クマエビ、ターバン貝 15
なんと、15種にもなり、いままで見てきた生きものたちのなかでは最多です。
(「その他」11「鳥類」11「ほ乳類」12)

 □
では、タイトルまたは作品に一回だけ登場する、少年詩・童謡集がいつ発行されたのかを見てみましょう。
[タイトル]
1967-1979 **
1980-1989 海綿 1
1990-1999 ガザミ、マトダイ、ルリエビ、オキノスジエビ、アカハタ、リュウグウノツカイ、オコゼ 7
2000-2009 ガシラ、瑠璃スズメ 2
2010-2019 **

[作品]
1967-1979 サイラ、ニナ、ドンコ、たいらぎ、グチ、モツ、うずまき貝、アコヤ貝、電気エイ、カナガシラ、ハモ、ウミウサギ、オオイトカケ、アサガオガイ、ベニガイ、オルガンガイ、アツギガイ、キリガイ、タケノコガイ 19(冊数、作品数は略す。以下、同じ)
1980-1989 ホタルイカ、マンタ、メジナ、カエル魚、コバンザメ、イワガニ、タカラ貝、スミヤキ貝、ヤスミ貝、山太郎 10 
1990-1999 クエ、ゴンズイ、クマエビ、アミガイ、カノコウオ、フカ、ナポレオンフィッシュ、ピラニア、カメノテ、マツバガニ、クロガイ、ウミユリ、ワカサギ、カブトガニ、クロダイ、ウグイ 16 
2000-2009 グラスフィッシュ、グッピー、ネオンテトラ、ペンギンテトラ、ランプアイ、トランスルーセント、ホラガイ、ウルメ、ヒオウギ、二枚貝、ちりぼたん、カキ、ヒメマス、ミル貝、サワラ、ベラ、イシダイ、ママカリ、ざつぱ、シーラカンス、いりゃ貝、アメゴ、ホウボウ、イモ貝、ツブ貝、スガイ、セタシジミ、ソデガイ、ブルーギルー、ブラックバス、ハリヨ、タナゴ、クチボソ 33 
2010-2019 ターバン貝、夜光貝、バカ貝、フエフキ、オジサンダイ、イットウダイ、ネンブツダイ、ハクレン イザブクトウ 9 

 □
それにしても、魚介類の「絶滅危惧種」は、多いですね。種の総数としてもこれまで最多の212ですが、学術的に分類していくと、もっと減るのかも知れません(以前にも書きましたが、本稿での分類は、あくまでも便宜的なものですので、ご了承ください)。
せっかくですから、これまで見てきた、「ほ乳類」「鳥類」「魚介類」「その他」の、それぞれの種の数と、タイトル・作品に登場する生きものの総数を掲げておきます。
     種の数  登場する総数   一回だけの種の数
哺乳類  103    4276      22
鳥類   151    2897      52
魚介類  212    1963      97
その他  146    942       73

 □
さて、本題に戻りましょう。
「海綿」や「オルガン貝」など、果たして「魚介類」に入れていいのかしら、という感じはあります。
また、カキ、フカ、アコヤ貝、バカ貝、ワカサギ、ホタルイカ、コバンザメ、ピラニア、ホラガイ、など、どれもお馴染みのものばかり、といえるのに、なぜ「絶滅危惧種」の仲間入りをしなければならないのでしょうか。
ただ、カキ=牡蠣やホタルイカは、大人の食べ物、また、バカ貝は呼び名に難あり、ピラニアやフカは獰猛なイメージが強く、バカ貝やコバンザメも、あまり褒められた名前ではないようです。アコヤ貝は、真珠の養殖に使われる、という点では、高い評価が得られてもいいような気がしますが、なぜか、「絶滅危惧種」に入っています。ホラガイは、食するというよりは、あの「法螺貝」として名が知られていますが、今の子どもたちには馴染みが薄いでしょう。
そんなこんなの配慮もあってか、少年詩・童謡集には不向きなのかも知れませんね。

 □
[メモ2]参考までに、なじみのない魚介類について補足しておきます。
ザッパ 不明
イリャ魚 不明
ハリヨ 針魚。トゲウオ目トゲウオ科。淡水魚。
ハクレン コイ科ハクレン属。中国原産の淡水魚。レンギョの一種。
ヤスミ メナダ(ボラ目ボラ科)の別名
チリボタン イタヤガイ目ウミギクカイ科に属する二枚貝。
ウミユリ ウミユリ網に分類される棘皮動物。ヒトデやウニの仲間。
オオイトカケ 腹足網に属するイトカケガイ科の巻貝。 
 ――以上、ウィキペディアより
山太郎 モクズガ二/福岡県南部の矢部川に生息する
 ――以上、「船小屋温泉郷-自然/山太郎ガニ」HPより 


               ― この項 続く ―
2020/4/22
2020/5/26
2020/6/13


『少年詩の生き物図鑑―序章③絶滅危惧種 哺乳類編』

『少年詩の生き物図鑑―序章③絶滅危惧種 哺乳類編』 
                 佐藤重男
 □
今回は、「哺乳類」について取り上げます。
これまでと同じように、まず、少年詩・童謡集のタイトル・作品に登場する回数が、たった一回だけという哺乳類について拾い上げてみます。
資料としたのは、1967~2019年のあいだに発行された少年詩・童謡集のうち、わたしが読むことができた、433冊、16800編の作品です。

 □
では、まず、タイトルだけに一回、登場するものたちです。
アナウサギ――タイトル:ほるほる 『わんさか わんさか どうぶつさん』(小臣富子 ジュニアポエム双書№190 銀の鈴社 2008.6初版)

そうです。「アナウサギ」たった一種でした。
次に、作品に一回だけ登場する哺乳類です。
 センザンコウ、ワビチ、ムジナ、ピューマ、ヌルビー、インパラ、シリネズミ、ウォーターバック、テン、マントヒヒ、ポニー、カヤネズミ、シマリス、オーロックス、ジャガー、ラマ、ラバ、アルマジロ、レミング、オポッサム、ブラックキャット、モルモット、クロヒョウ、シャチ、イノブタ、ジュゴン、アルパカ 27

このように、一回だけしか登場しない生きものは、1+27種です。「哺乳類」の種の総数は
104ですから、約26.9%の動物たちは、たった一回その姿を見せてくれるだけ、というこ
とになります。
この数字は、「その他の生きものたち」の50%、「鳥類」の34.4%に比べると、かなり低い
数字になります。
また、テン、マントヒヒ、ポニー、シマリスなどは、わたしたちにとって馴染みのある動物たちですが、たった一回しかその姿を見せないのは、やはり驚きです。
なお、参考までに付け加えておくと、タイトルに登場し、その作品のなかにも登場する生きもの(約束に従って登場数1回と数えます)は、次の通りです。
ラマ、ラバ、アルマジロ、レミング、オポッサム、ブラックキャット、モルモット、クロヒョウ、シャチ、イノブタ、ジュゴン、アルパカ 12

 □
では、タイトルか作品に一回だけほ乳類が登場する、少年詩・童謡集がいつ発行されたのかを見てみましょう。
[タイトル]
1967-1979  
1980-1989 
1990-1999 
2000-2009 アナウサギ 1
2010-2019 **
[作品]
1967-1979 センザンコウ、ハリネズミ、オポッサム 3(冊数、作品数は略す、以下、同じ)
1980-1989 ヌルビー、ウォーターバック、アルマジロ、レミング 4
1990-1999 テン 1
2000-2009 ラバ、ブラックキャット、モルモット、ラマ、クロヒョウ、シャチ、イノブタ、ワビチ、マントヒヒ、インパラ、ポニー、ピューマ、シマリス、カヤネズミ、オーロックス 15
2010-2019 ジュゴン、アルパカ、ジャガー、ムジナ 4

 □
ハリネズミ、アルマジロ、テン、マントヒヒ、ポニー、シマリス、ジュゴンなどは、絵本、動物園や公園、あるいは山村ではよく見かける、わたしたちにとって身近な存在といってよいでしょう。それが、たった一回しか顔をみせてくれないのです。
特に、モルモットが一回しか登場しないのはどういうわけでしょう。
医療はもちろんのこと、食生活において、わたしたちがこうして安全・安心でいられるのも、いわば「身代わり」になってくれているモルモットがいるからこそ、といえます。
にもかかわらず、少年詩・童謡集に登場するのは、たった一回だけとは、…。
その、たった一冊の詩集とは、『せかいでいちばん大きなかがみ』(三越左千夫 ジュニアポエム双書№151 銀の鈴社 2001.11初版)


広がる世界 ―モルモット―     三越左千夫

モルモットのあたたかさが
小さな生きものの
やさしい心を伝えて
子どもの心をあたたくかする
6行
     
      『せかいでいちばん大きなかがみ』 銀の鈴社 2001.11



 □
わたしの推測にすぎないのですが、モルモットが、少年詩・童謡集にたった一回しか登場しない、その理由は、おそらく、先ほどわたしが口にした「身代わり」ということにヒントが隠されている、そんな気がします。
「身代わり」という言葉について回る、マイナスイメージであったり、「後ろめたさ」が、どうしても、子ども=「向日性」(明るさ、希望、…)にそぐわない、そこから、表現の対象として使いずらい、ということになっているのではないでしょうか。少年詩・童謡の持つ本来的な特性によるものなのか、それとも、たんなる大人の都合(子どもには向かないだろう、という先回り)なのかどうか、深めていかなければならないテーマだと思います。


               ― この項 続く ―
2020/3/1
2020/5/26
2020/6/12


『少年詩の生き物図鑑―序章②絶滅危惧種 鳥類編』

『少年詩の生き物図鑑―序章②絶滅危惧種 鳥類編』 
                 佐藤重男
 □
今回は、少年詩・童謡集に登場する生きもののうち、鳥類の絶滅危惧種について見ていくことにします。
資料として使うのは、前回同様、1967~2019年のあいだに発行された少年詩・童謡集のうち、わたしが読むことができた、433冊、16800編の作品です。

 □
ではまず、前回と同様に、少年詩・童謡集のタイトル、作品にたった一回しか登場しない鳥類について拾い出してみることにします。
まず、タイトルだけに登場する鳥類です。
 樫鳥
『よく晴れた日に』(新谷彰久 子ども詩の泉 らくだ出版 94.7)
 はげこう
『ちいさな ともだち』(秋原秀夫 ジュニアポエム双書№45 銀の鈴社 87.8)
 スッポン鳥
『はるおのかきの木』(吉田瑞穂 ジュニアポエム双書№71 銀の鈴社 91.11)
 トキ
『方舟地球号』(人見敬子 ジュニアポエム双書№188 銀の鈴社 07.11)

*なお、「樫鳥」とは、カケスの別名ですが、タイトルに使われているということで「樫鳥」という固有名として扱います。

 □
次に、たった一回だけ、作品に登場する鳥類を拾い上げてみます。前回に倣って、カテゴリー別に分けてみました。
[固有名詞で登場]
 ウミガラス、ヒスイ、アホウドリ、ウズラ、ウミウ、ヤマセミ、ハヤブサ、始祖鳥、ホロホロチョウ、ヘラサギ、アオバト、エミュー、ぶっぽうそう、ヒガラ、ハゲワシ、シャモ、ウ、ハクセキレイ、コウガラス、アネヅル、クィナ、アオバズク、キビタキ、文鳥、カワウ、赤モズ、キンクロハジロ、ニッポニア・ニッポン、都鳥、アカコッコ、コノハズク、オオミズナギドリ、サンコイチベエ、イソシギ、ミズナギドリ、カワラヒワ、コゲラ、アカショウビン、シマフクロウ、セイタカシギ 40種

[その他]
水鶏、春鳥、未来鳥、黄鳥、原始鳥、玄鳥、黒鳥、冬鳥 8種

以上、たった一回だけ作品に登場するのは、48種の鳥類となります。タイトルだけに登場する4種と併せると52種となりますが、「鳥類」に登場する種の総数は151ですから、約34.4%の鳥たちは、たった一回その姿を見せてくれるだけ、ということになります。この数字は、前回の「その他の生きものたち」の50%に比べると、はるかに少ない数字になっています。
また、アホウドリ、ハヤブサ、文鳥、そしてトキなどは、わたしたちにとって馴染みのある鳥たちですが、少年詩・童謡集には、たった一回しか登場しない、そのことに驚かされます(このことについては、あとで詳しく触れることになります)。
なお、作品のタイトルと作品の本文にそれぞれ一回だけ登場する鳥類(約束に従って登場数1回と数えます)は、次の通りです。
ウミガラス、オオミズナギドリ、冬鳥、サンコイチベエ、イソシギ、ミズナギドリ、カワラヒワ、コゲラ、アカショウビン、シマフクロウ、セイタカシギ 11

 □
では、続いて、これらの鳥たちが登場する少年詩・童謡集がいつ発行されたものなのか、それを見てみましょう。
まず、タイトルに登場する鳥は、
1967-1979 **
1980-1989 はげこう
1990-1999 スッポン鳥、樫鳥 
2000-2009 トキ
2010-2019 **

続いて、作品では、
1967-1979 ウミガラス、ヒスイ、クィナ、みずなぎどり (4種 40冊 1919編)
1980-1989 鵜、ハクセキレイ、黄鳥、ウズラ、ホロホロチョウ、ヘラサギ、アオバト、エミュー、コウガラス、原始鳥、黒鳥、さんこいちべえ、いそしぎ (13種 63冊 2622編)
1990-1999 玄鳥、アネヅル、ヒガラ、ハゲワシ、水鶏、アオバズク、始祖鳥、キビタキ、カワラヒワ、コゲラ、オオミズナギドリ (11種 102冊 3497編)
2000-2009 ハヤブサ、アカモズ、文鳥、川鵜、海鵜、ヤマセミ、ぶっぽうそう、ニッポニア・ニッポン、アホウドリ、キンクロハジロ、アカコッコ、アカショウビン、冬鳥 (13種 159冊 6178編) 
2010-2019 都鳥、春鳥、コノハズク、未来鳥、シャモ、シマフクロウ、セイタカシギ (7種 69冊 2584編) 

 □
驚いたのは、あれほど話題になり、有名な、と思われるトキ(朱鷺)が、詩集433冊、16800編ある中、作品のタイトルとしてたった一回しか登場しない、ということです。
その貴重な詩集とは、
『方舟地球号』(人見敬子 ジュニアポエム双書№188 銀の鈴社 2007.11初版)
です。
そして、トキの学名である「ニッポニア・ニッポン」の名で作品に登場するのもまた、
この詩集です。
野生のトキが日本の空から消えたのは、

 1981年(昭和56年)1月11日から1月23日にかけて、佐渡島に残された最後の野生のトキ5羽全てが捕獲され、佐渡トキ保護センターにおいて、人工飼育下に移された。これにより、日本のトキは野生絶滅したとされる。
――出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

一方、詩集『方舟地球号』で描かれているトキは、



 トキが空を羽ばたく時    人見敬子

1連5行

過去から未来へ 吹く風よ
どうぞ 伝えてください
ニッポニア・ニッポンと名付けられた
鳥のことを

3連13行

       『方舟地球号』銀の鈴社 2007.11初版



 □
現実の日常生活の中で、わたしたちの身の回りにいる鳥類もいます。
たとえば、鵜は「鵜飼い」などで、また、文鳥は「手乗り」のペットとして広く知れ渡っていると思い込んでいたのですが、…。
「川鵜」などは、ずばり、長良川の観光名物ですし、「海鵜」も鵜の仲間として一括りで扱ってもいいのかも知れません。でも、やはり登場回数は極端に少ないですね。少年詩・童謡にとって、彼らの生態が不向きなのかも知れませんが、はたしてどうでしょうか。
そういう意味では、コノハズク(梟の仲間)は、少年詩・童謡にとって、ピッタリのキャラクターだと思われるのに、どうして一回しか登場しないのでしょう。
実は、これらの疑問への答えは、わたしの掌中にあります、が…それは、本編のなかで明かされることになっています。どうぞ、お楽しみに。

 □
[メモ]
ヒスイ →翡翠 カワセミ科 カワセミの別名。チーと鋭く鳴く。
アホウドリ →信天翁 アホウドリ科 北太平洋に分布する大型の海鳥。日本にしか繁殖地はない。
ウズラ →鶉 キジ科 ユーラシア大陸とアフリカに分布。江戸時代には、鳴き声を楽しむために多く飼われた。
ウミウ →海鵜 ウ科 崖のある海岸近くや岩礁にいる大型の、黒い海鳥。
ヤマセミ →山翡翠 カワセミ科 水辺にすみ、白と黒の鹿の子模様が美しい。水上を飛びながら、キャラキャラと鳴く。
ハヤブサ →隼 ハヤブサ科 海岸や広い川原にすむカラス大の猛禽。ほぼ全世界に分布。
水鶏  →クイナ科の総称。
マガモ →真鴨 ガンカモ科 アヒルの原種だが、人慣れする個体は少ない。北半球に分布。
ぶっぽうそう →仏法僧 ブッポウソウ科 寺や神社の大木のうろに巣をつくる。赤い嘴と足が目立つ。
鵜  →ウ科に属する鳥の総称
ハクセキレイ →白鶺鴒 セキレイ科 黒と灰色と白の尾が長いセキレイ。物陰に巣をつくる習性がある。越冬する。
クィナ 〃  →水鶏 クイナ科
カワラヒワ →河原鶸 アトリ科 町の中にもすむ。ピーとさえずり、キリキリ、コロコロと鳴きながら、はるか上空を飛び去ることも。褐色のからだ。
川鵜 →河鵜 ウ科 沿岸近くの海上や大きな河口に生息。大型の黒い海鳥。
赤鵙(アカモズ) →赤鵙/赤百舌 モズ科 頭から背中が赤っぽい明るい褐色で、おなかがまっ白。長い渡りをする。
キンクロハジロ →金黒羽白 ガンカモ科 黒と白の羽色。目が金色の海ガモ。冬鳥として渡来。湖沼、大きな川にすむ。
ニッポニア・ニッポン →トキの学名
シマフクロウ →島梟 フクロウ科 北海道に生息する巨大なフクロウ。雄はポーポーと太い声で鳴く。
セイタカシギ →背高鷸 セイタカシギ科 黒と白の体に、細く長い赤い足を持つ湿地の鳥。ケッケッケッと鳴き交わす。 
アカコッコ →ヒタキ科 伊豆諸島とトカラ列島の留鳥。
コノハズク →木葉木莬 フクロウ科 黒褐色の小さなフクロウ。ブッコーコーと鳴く。


               ― この項 続く ―
2018/8/22
2020/5/28
2020/6/10


同人誌『はらっぱ 21号』の詩編を読む

同人誌『はらっぱ 21号』の詩編を読む 
                 佐藤重男
 □
同人誌『はらっぱ 21号』(わたげの会 2020/6)が届きました。
《詩とエッセイ》《子どものうたと詩》《童話》などが収められています。
今回も、《子どものうたと詩》の作品を中心に見ていくことにします。

 □
住沢 一子「春」「蛍のネオン」
作品「春」を読んでいて、小鳥や草花たちにとって、果たして住みよい環境が保全されているだろうか、そんなことが浮かびました。そして、同時に、子どもたちが自然に触れる、そんな動機を奪っている、そのことにもわたしたちは敏感でなければならないのでは、と思わずにはいられません。彼らは眼をむけようとしないのではなく、向けるべき対象が不在なのでは、と。
作品「蛍のネオン」は、まだまだわたしたちの周りには、原初的な自然の姿が残っている、そんな「小さきものたち」の声を代弁しているのかのようです。「小さな蛍の ネオン」の向こうに、蛍が住める自然を残そうと尽力されている多くの方々の姿が、かすかに浮かんできます。

 □
宮下 美智子「蝶々のふるさと」「空に大きな字を書いた」
作品「蝶々のふるさと」は、「菜の花みたいな黄色い花が」咲いている、というのですから、もう、収穫の時期が過ぎ、取り残されたキャベツたちが、蝶々のために、花を咲かせてくれている、ということのようです。農家の人が、そうしておくれ、と残しておいてくれたのかも知れません。
作品「空に大きな字を書いた」は、発想の豊かさだけではなく、センスの良さもが感じられます。「思いきり腕をふりあげて/山と山の間に一本の長い線を書いた」というのです。
なんというスケールの大きさでしょうか。人間の無限の可能性を表現してくれているようです(――ラスト一行、作者の顔が出てしまったのでは、と惜しまれます)。

 □
ふじさわ まき「始動」
作品「始動」は、はじめ、1連と2連のつながりがすぐには掴めずに戸惑ったのですが、最後の連「ヨットは格納され/私は窓の内にいる」で、作品の全容が見えました。出だし、なんとも言えない不穏な空気が感じられ、マストを操る躍動感・緊張感が伝わってきます。
「呼吸が」が効果的だと思います。

 □
橋本 洋子「せかされて」
作品「せかされて」は、北風に吹き飛ばされるペットボトルと枯草と、そしてそれを追いかける様に気を取られているうちに、「新しい/年をむかえる」のオチに出くわす、という
なかなかコミカルな作品です。落語では、追いかけられる側の噺ですが、ここでは追いかける側です。

 □
くらた ここのみ「おいもが ばけた」「かばさんの うがい」
作品「おいもが ばけた」は、ことばあそび詩。「おっとせいの/おいも」には尾びれが付いているのかしら…。
作品「かばさんの うがい」も、ことばあそび詩。「なるとの/うずが/ぐうるぐる」ですって。吐きだした水の行き先が心配ですが、…まさか、飲んじゃった?

 □
斎藤 節子「さんぴき」「チゴイネルワイゼン」
作品「さんぴき」は、〝あるある〟の世界。幼児語というか、彼らのことばは、わらいの宝の山ですね。じゃがいもを〝がじゃいも〟、ゴキブリを〝ゴクビリ〟といって平然としていますもの。
作品「チゴイネルワイゼン」の凄さは、ラストの1連にあります。「チゴイネルワイゼン」は、バイオリンのしらべとしてあるのではなく、一人の人格者なのですね。彼女が弦の上で躍っている、まさしくそれがぴったり。ラスト、「バイオリンは一礼して/チゴイネルワイゼンを/つれて行った」わけです(もちろん、別の解釈もあります)。

 □
伊藤 蒼真「コツコツの力」「通じあうもの」「飛び出せハート」
作品「コツコツの力」は、〝努力に優る天才なし〟ということを教えてくれています。
そう、そうしてこそ、必ずや「輝き放つその日」がやってくるとも。ただ、パソコンやスマホのせい、というか御蔭というべきか、漢字が書けなくなりました。なるべく辞書を引いたり、紙に書いたりしているのですが、…。
作品「通じあうもの」の、相手は、兄妹であったり、異性であったり、飼犬や猫。あるいは、大切にしている道端で拾った何かであったり、…。「言葉など交わさずとも」の一言がいいですね。
作品「飛び出せハート」は、ラップのための歌詞。多様性とは何か、それを教えてくれています。だからこそ、〝応援歌〟として響いてくるのだと思います。

 □
出川 恵美子「寄りそい聴く人」
作品「寄りそい聴く人」は、ラストの2行「また会いたい/また会いたいなあ」の繰り返しが、作品全体の品格を高めてくれています。平易な言葉遣いで鮮やかに、という詩の醍醐味を味あわせてくれている、そんな気がします。

 □
小林 一惠「びっくり にっこり」「春の〝かんぱい!〟」「ときどき やじろべえ」「いつか だれかの……」
作品「びっくり にっこり」は、災い転じて福となす、ということわざがぴったりかも知れませんね。たとえ失敗しても、それをプラス思考で捉えようよ、ということなのでしょう。
作品「春の〝かんぱい!〟」を読みながら、わたしたちはなんと幸せであることか、と改めて気づかされました。「チューリップの/おはなのグラスで」乾杯ができること、わたしたちには違和感がないのですから。
作品「ときどき やじろべえ」は、気づき、ということの大切さ、というか、次へのステップとして誰もが向き合わなければならない課題、葛藤をわたしたちは抱えているということを教えてくれています。死が生の本質を教えてくれるように、自分にも負の面があるのだ、ということの意味するもの、…永遠のテーマかもしれません。
作品「いつか だれかの……」も、普遍的なテーマを扱った作品です。「守れなかった/約束/叶わなかった/夢/来なかった/あした」…、どれも、向き合うのは簡単なことではありませんが、「だれか」のところでいいから、「かえっておいで」という叫びは、きっと届くと思いますし、作者がそれを信じていることが伝わってきます。「来なかった/あした」、本当に辛すぎますもの。

 □
水谷 晃子「けんかのあと」「にゃんぽっし」
作品「けんかのあと」を読んでいて、けんかは、勢いで始められるけど、仲直りは、ほんとうに難しい、そう思います。理屈じゃないことから始まったものを、理屈でなんとかしようというのですから。教室での生徒間の喧嘩の仲裁に入った教師が、「さあ、仲直りの握手だ」といってまとめてしまっても、…。喧嘩相手なのに、自分には必要な存在=「やっぱり友達」「仲良し楽しい」、ということをどう自分自身に言い聞かせるか、それが解決策になるといいのですが。
作品「にゃんぽっし」は、ペットではなく、〝伴走者〟だからこそできる関わり、なのに違いありません。

 □
井上 明美「白が だいすき」「たんぽぽ ぽぽぽ」
作品「白が だいすき」は、何か難しいことを言っているわけではないのですが、白い画用紙を前にした、そのときのワクワク感が真っ直ぐに伝わってきて好感が持てます。なんでもないことを、なんでもないことのように書く、そこに共感を生む何かが潜んでいる、そんな作品ではないでしょうか。
作品「たんぽぽ ぽぽぽ」も、誰も目に留めなかった道端のたんぽぽ。それに眼差しを注いだ人だけが得られる、ご褒美。ひらがなとカタカナだけで書かれた、小さな小さな世界が、それを見る人の心の中いっぱいに広がっていくことの素晴らしさ。

 □
童話「入らずの森の竪琴弾き」くらた ここのみ
読ませていただきました。「毒気を放つ絃のひびき」の章が、特におもしろいと感じました。
めでたし、めでたし、で終わるのも、童話の王道、良かったと思います。何か、底本となる噺があるのでしょうか、それとも、まったくの創作なのでしょうか。後者だとしたら、見事だと思います。
これからも、書き続けて下さい。楽しみにしています。

 □
なお、本号は、わたげの会のメンバーであった、詩人・童謡作家の片桐 実さんの「追悼」号でもあり、作品14編が収められています。
こうして、少年詩・童謡の書き手が旅立っていくこと、ほんとうに残念で寂しく思います。

 □
今回のお薦めの作品は、宮下 美智子『空に大きな字を書いた』です。全文を引かせていただきます。


 空に大きな字を書いた     宮下 美智子

空に大きな字を書いた
裏のお山のてっぺんから
三角山のてっぺんまで
思いきり腕をふりあげて
山と山の間に一本の長い線を書いた
大きな一の字を空いっぱいに書いたら
とてもこころがゆたかになったよ

                同人誌『はらっぱ 21号』2020/6 



 □
新型コロナ対策の「緊急事態宣言」が全国で解除されましたが、その間、少年詩・童謡の同人のみなさんは、合評を行うこともままならず、同人誌の発行にあたっては、いつにもなくご苦労が多かったことと推測されます。
コロナ禍は、専門家の間でもその終息(収束)までに数年を要するとも、「コロナとの共生」しかない、とも様々に言われています。
「新しい生活様式」(上から目線の感じがして好きになれません)なるフレーズも登場しましたが、いずれにしろ、それ相応の覚悟が求められていることは疑いないところです。
生活様式の変化は、価値観の見直しを求めるでしょうし、価値観の見直しからしか生活様式を変えていくことは出来ない、とも言えます。
たからこそ、わたしたちは、少年詩・童謡を、多くの子どもたちに手渡していくことが求められています。少年詩・童謡の本質である、「発見と驚き」、そして「小さきものへの親和性」こそが、新しい時代に求められていると信じます。

なお、いつもの事ですが、作品などの引用に当たっては、誤字・脱字等のないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたらお知らせください。

               ― この項 完 ―
2020/6/7






『少年詩の生き物図鑑―序章①絶滅危惧種 「その他=非日常の生きものたち」』

『少年詩の生き物図鑑―序章①絶滅危惧種 「その他=非日常の生きものたち」』
                 佐藤重男
 □
これまで長いあいだ、少年詩・童謡集を手に、『少年詩の生き物図鑑』の論考の準備を進めてきましたが、まだ多くの未読の詩集があるものの、資料としての詩集の読み込みを終了し、いよいよ論考に入ろうと思います。
まずは、掲題の通り、「序章」として、本稿では取り上げる機会が著しく少ないであろう、稀少種というか、絶滅危惧種とでもいうべき、これまで読んできた詩集・童謡集にたった一回しか登場しない生き物について取り上げてみようと思います。

 □
『少年詩の生き物図鑑』では、「哺乳類」「鳥類」「昆虫類」「魚介類」「爬虫類(両生類を含む)」、そして「その他」の六つのカテゴリーに分類して、作品に登場する生きものについて論考を進めて行くことにします。なお、この六つの分類は、学術的な根拠に基づいたものではありません。あくまで便宜的なものであることをお断りしておきます。
では、今回は、「その他=非日常の生き物(以下、「その他」と略す)」の「絶滅危惧種」について見て行きます。

 □
ここで言う、「絶滅危惧種」とは、これまで読んできた少年詩・童謡集のタイトル、または作品の中に「一回しか登場しない生きもの」を指します。なお、作品のタイトルと本文に同じ生きものが登場しても、それが同一詩集の場合は、一回と数えます。つまり、たった一回、たった一冊の詩集にしか登場しなかった、生きものということになります。
また、資料としたのは、1967~2019年のあいだに発行された少年詩・童謡集のうち、わたしが読むことができた、433冊、16800編の作品です。

 □
たった一回だけ作品のタイトルに登場する「その他」の生き物は、
「のっぺらぽう」 詩集『遠くて近いものたち』(山中利子 子ども詩のポケット№34 てらいんく 2008.11初版)
「阿修羅」 詩集『おにいちゃんの紙飛行機』(大楠翠 ジュニアポエム双書№262 銀の鈴社 2016.11初版)
の2種だけです(本文には登場しません)。
次に、作品の本文への登場回数もたった一回という、「その他」の生きものたちについて見ていくことにします(便宜上、いくつかの範疇に分けて拾い上げていくことにします)。

[恐竜]
三觭竜、テラノドン、アンキロサウルス、翼竜、マリンザウルス、プラキオサウルス、プロトケラトプス、マイクロケラトプス、プロントサウルス、トラコドン、スーパーサウルス 首長竜 12
[獣]
石獣、四足獣、草食獣 3
[精霊]
キムジナー、夜の精、オシラサマ、オクナイサマ、白ゆりの精、緑の精、山桜の精、ニンフ、魔性、9
[お伽噺]
ピノキオ、孫悟空、ヤマタノオロチ、沙悟浄、山男、飛天、羅刹、龍神、かぐや姫、白雪姫、眠り姫、鉛の兵隊、雪男、獅子 14
[妖怪]
おしつおされつ、カミナリオヤジ、山父、鬼ババア、鬼女、カラカサオバケ、三つ目入道、こんにゃくオバケ、きつねのオバケ、大入道、ひょっとこ、死神、ミイラ、おしょろさま、 雪女郎、極悪鳥、がらっぱどん、さるどん 18
[その他]
バイキン、ボンゴ、インベーダー、鳥人、ウィンキー、アメーバ―、亡霊、かめんライダー、ポケモン、ミッキーマウス、ゴジラ、透明人間、クローン人間、かかし、ゆめ虫 15

以上、71種になります。タイトルにだけ登場する、のっぺらぼう、阿修羅を加えると73種になります。タイトルや作品に登場する「その他=非日常の生きもの」の種の数は146ですから、50%の生きものたちが、たった一回登場しただけということになります。予想を超えた数字といってよいでしょう。
なお、参考までに付け加えておくと、タイトルに登場し、その作品のなかにも登場する生きもの(先ほどの約束通り登場数1回と数えます)は、次の通りです。
がらっぱどん、さるどん、かかし、極悪鳥、クローン人間、雪女郎、ゆめ虫、鬼女、おしょろさま、首長竜、透明人間 11

 □
では、これらの、タイトルまたは、作品への登場回数がたった一回きりの生きものたちが、いつ発行された少年詩・童謡集に登場するのか、そのことについて見ておきます(タイトル2+作品61)。

1967-79 バイキン、ピノキオ、魔性、ボンゴ、山父、雪の精(6種、40冊1919編)
1980-89 インベーダー、おしつおされつ、鳥人 飛天、大入道、石獣、羅刹、竜神、マリンザウルス、ひょっとこ、鬼女、雪女郎、ゆめ虫、おしょろさま、(14種、63冊2622編)

1990-99 三觭竜、四足獣、白ゆりの精、緑の精、かぐや姫、プラキオサウルス、プロトケラトプス、マイクロケラトプス、山桜の精、首長竜、透明人間(11種、102冊3497編)
2000-09 カミナリオヤジ、キムジナ―、孫悟空、テラノドン、アンキロサウルス、翼竜、ウィンキー、鬼ババア、カラカサオバケ、三つ目大入道、こんにゃくオバケ、きつねのオバケ、ヤマタノオロチ、アメーバ―、亡霊、のっぺらぼう、沙悟浄、プロントサウルス、スーパーサウルス、白雪姫、眠り姫、鉛の兵隊、草食獣、ニンフ、がらっぱどん、さるどん、クローン人間、かかし、かめんライダー、ポケモン、ミッキーマウス、ゴジラ、雪男、獅子(34種、159冊6178編)
2010-19 こまいぬ、山男、オシラサマ、オクナイサマ、ミイラ、極悪鳥、スーパーサウルス、阿修羅(8種、69冊2584編)

 □
それにしても、かめんライダー、ポケモン、ミッキーマウス、そして、ゴジラなどは、特に目を引きます。彼らは、次の詩集に収められている作品に登場します。
[かめんライダー、ポケモン、ミッキーマウス]
詩集『かぞえられへん せんぞさん』(冨岡みち ジュニアポエム双書№163 銀の鈴社 2003.11初版 2005.5二刷)
[ゴジラ]
詩集『横須賀スケッチ』(小林比呂古 ジュニアポエム双書№172 銀の鈴社 2005.8初版)
 *
この中でも、どうしても、ゴジラが気になります。作品の後半部分を引いてみましょう。



 あるイメージ   小林比呂古 

――2連20行略

丘の上から わたしは 想像する
発電所の近い このあたり
ゴジラ みんなの好きなゴジラが歩いた道を
こんな 景色として 想像する
スケールの大きな 潮の歌も 聞こえるような
わたしの わたしの あるイメージとして

     『横須賀スケッチ』ジュニアポエム双書№172 銀の鈴社05.8 



丘の上に座って海を見ていると、突然、東京湾にゴジラが現れ、目の前の多々羅浜に上陸すると、途中にある高圧線(わたしたちにとって最重要なライフライン)をまるで琴を弾くようになぎ倒しながら、ゴジラは、東京へと向かっていった、というのです。
どうして、東京なのか?
それは、ゴジラの誕生の経緯を知っている人なら、誰にでも心当たりがあるはずです。そして、わたしたちは、南太平洋の核実験から、あの「3・11」で起きた、福島第一原発の事故とその後へと想いをつないでいくことになります。
なぜ、ゴジラは、東京湾に現れ、そして、東京へと向かうのか?
……全文を読みたくなりませんか?
ぜひ、詩集『横須賀スケッチ』(小林比呂古 ジュニアポエム双書№172 銀の鈴社)を手に取ってみて下さい。

 □
[メモ]
かめんライダー(仮面ライダー)→ 71年 TV放送開始 
ポケモン→ 96年ポケット・モンスター赤 青、発売 97年ヒット
ミッキーマウス→
「ウォルト・ディズニーとアブ・アイワークスが生み出し、1928年にスクリーナデビュー」「日本に紹介されたのは1929年のこと」(―フリー百科事典「ウィキペディア」より抜粋)そして、1983年に東京ディズニーランドが開業して一躍人気者に。

 □
コロナ禍に関連して、江戸時代の妖怪「アマビエ」が話題になっています。
ネット検索したところ、フリー百科事典「ウイキペディア(wikipedia)」に記述があります。熊本県のとある近海で、漁をしていると、髪の長い妖怪が海の中から現れ「疫病が流行ったら、自分の絵を貼り出すといい」と語ったとか。
――どんな経緯からかは定かではありませんが、さっそく、絵柄に「アマビエ」を描いた風鈴が作られた、という記事が、写真と共に新聞にでていました。(朝日新聞5月20日付朝刊一面)
商魂たくましい、というよりも、新型コロナウイルスに対する感染予防の特効薬がない現状、「藁にもすがりたい」という思いの表れなのではないでしょうか。
その「アマビエ」ですが、妖怪や精霊など「その他」の種として少年詩・童謡集には、登場しません。
やはり、「疫病」と関連しているということから、少年詩などの題材としては敬遠されてきたのかもしれません(現代詩ではどうでしょうか。昔は、「公序良俗を乱す」などとして取り締まりの対象になったと伝えられている「アマビエ(アマビコ=天彦、とも言う)」ですが、コロナ禍のなか、風鈴などに描かれている今、現代詩の格好の題材かも知れません)。


               ― この項 続く ―
2020/4/25
2020/5/24
2020/6/6

少年詩時評『未来』

少年詩時評『未来』 
                 佐藤重男
 □
先日、思うところがあって、[安倍政権の施政方針演説(全文)](2020.1)を読み返してみたのですが、少々、気になるフレーズが目にとまったので、そういえば、と2017年のそれを読み直してみて、驚きました。
2020年1月の「安倍政権の施政方針演説(全文)」では7回登場する「未来」ということばが、2017年では、なんと23回も出てくるのです(わたしの読み落としがあればお許し下さい)。
こんな具合です。
[1] はじめに
未来を生きる世代のため*2 未来への責任を果たす 私たちの子や孫、その先の未来
[2] 世界の真ん中で輝く国創り
未来志向で 
[3] 力強く成長し続ける国創り
「未来は『予言』できない 「未来の予言」があふれ 「未来を創る」ため 自分たちの未来を 夢や未来を託す 未来に向かって 未来の水素社会 
[4] 安全・安心の国創り
(被災地の復興 国土の強靭化 生活の安心)
[5] 1億総活躍の国創り
1億総活躍の未来を切り拓いて  
[6] 子どもたちが夢に向かって頑張れる国創り
   我が国の未来 未来に希望を持ち 日本の未来を
[7] おわりに
子や孫のため、未来を拓く 「未来を拓く」行動で 未来は変えられる 自らの未来を 未来を生きる世代のため 未来を拓く 日本の未来を 
             ――2017年1月 朝日新聞より抜粋

2020年の「安倍首相の施政方針演説(全文)」では、
[1] はじめに
未来への躍動感  
[2] 復興五輪
[3] 地方創生
[4] 成長戦略
未来を担う若手研究者 安心と成長の未来を 
[5] 1億総活躍社会
   子どもたちの未来に、引き続き、大胆に投資 
[6] 外交・安全保障
   
[7] おわりに
未来への躍動感 未来に向かって 未来を見つめ 
              ――2020年1月 朝日新聞より抜粋

このように、「未来」というフレーズは、2017年に23回使われていたのに比べると、2020年には7回しか登場しない、ということになります

*「未来」に代わり多数回登場するのが「新しい**」(11回)というフレーズです。みなさん、「**」に入る言葉、なんだかわかりますか?(2017年の「施政方針演説」には、1回も登場しません)

 □
そこで、主な読者対象として子どもを想定しているわが少年詩・童謡にこそ、「未来」という言葉はぴったりなのでは、と考え、では、いったいどれぐらい登場するのか、調べてみました。作品の本文に「未来」が出てくるものだけを検索しました。その結果を次に掲げます(順不同)。なお、資料として使ったのは、わたしが個人的に詩集から抜粋し、作成している作品のデータベースです(まだ収集中なので漏れがたくさんあります)。
(タイトル、「詩集名」、作者、出版社、発行年)

赤ちゃん 「雨のシロ本」柏木恵美子 銀の鈴社 99.10
朝 「でていった」木村信子 銀の鈴社 86.7
生きる 「きみはにんげんだから」大岡信 理論社 04.11
生きる 「空の道 心の道」高橋孝治 銀の鈴社 12.2
白い小石 「妖精の好きな木」高崎乃理子 かど創房 98.12
見えない空に 「見えない空に」高崎乃理子 てらいんく 05.1
いのち 「いのちのみちを」黒田勲子 銀の鈴社 00.8
ぼくらのうた 「ぼくらのうた」石原一輝 銀の鈴社 16.5
人はうまれる 「真珠のように」相馬梅子 銀の鈴社 92.1
音楽と 「春行き一番列車」山本龍生 銀の鈴社 91.6
大きな樹  〃
母の胸   〃
さんしょう魚 「雲のスフィンクス」日野生三 銀の鈴社 86.3
ぼくたちの時代 「とびたいペンギン」新谷智恵子 銀の鈴社 06.12
少女 「さくら若葉のトンネル」むらせともこ かど創房 02.8
旅立ち 「星空の旅人」星乃ミミナ 銀の鈴社 88.12
地球という星 「心の窓が目だったら」石井春香 銀の鈴社 09.1
この地球のどこかで 「花の旅人」山内弘子 銀の鈴社 07.3
つぼみ 「月のかおり」童みどり らくだ出版 04.11
古い時計 「絵のような村で」江間章子 銀の鈴社 85.5
時は流れていく 「ぼくは地球の船長だ」水上 不二 理論社 06.9
ふあん 「まねっこ」あわのゆりこ 銀の鈴社 19.2
ブランコ 「たんぽぽの日」尾崎昭代 銀の鈴社 17.3
子どもみこし 「ただ今受信中」加藤丈夫 銀の鈴社 98.8
未来 「地球へのピクニック」谷川俊太郎 銀の鈴社 80.9
未来へ 「いつだってスタートライン」杉本深由起 理論社 07.3
未来人のわたし 「どこか いいところ」高木あきこ 理論社 06.11
君の未来 「大きくなったら」津坂治男 銀の鈴社 91.7
めがね 「ひるとよるのとりかえっこ」青木明代 てらいんく 
もしも 「あかちんらくがき」北村蔦子 銀の鈴社 82.12
約束の言葉はどうして 「方舟地球号」人見敬子 銀の鈴社 07.11
さりさりと雪の降る日 「さりさりと雪の降る日」山本なおこ 銀の鈴社 96.9
春 アイランド 「地球賛歌」田辺瑞美子 銀の鈴社 05.12
瑠璃色の天使     〃

なお、タイトルに「未来」という言葉が使われている作品は、5編でした。

未来 「地球へのピクニック」谷川俊太郎 銀の鈴社 80.9
未来 「赤い車」川越文子 銀の鈴社 18.6
未来へ 「いつだってスタートライン」杉本深由起 理論社 07.3
未来人のわたし 「どこか いいところ」高木あきこ 理論社 07.3
君の未来 「大きくなったら」津坂治男 銀の鈴社 81.10

 □
「未来」と言う言葉が、作品の中に一番多く登場するのは、詩集『どこか いいところ』(高木あきこ 詩の風景 理論社 06.11)に収められている、作品「未来人のわたし」です。フレーズだけを引いてみます。


 未来人のわたし   高木あきこ 

  ―2行略
〈未来〉ということばは
  ―改行
未来ということばには
  ―5行略
いまは むかしの人からみれば〈未来〉
そう 未来の世界にわたしたちは生きている!
  ―7行略
〈未来〉のわたし ひざをかかえこむ
  ―2行略


ラスト近く、「〈未来〉のわたし ひざをかかえこむ」という、ちょっと奇妙な一節が出て来ますが、それは、直前の一節、「テレビで爆弾テロのニュースを見ながら」を受けてのことです。というわけで、やはり、先日も書いたように、詩は全文を読まないとダメですね。
なお、先に掲げたほかの詩集では、「未来」というフレーズが、作品の中に登場するのは、1~2回です。
また、山本龍生と高崎乃理子の作品に、「未来」が多く使われていることがわかりました。
気になったタイトルがありましたら、ぜひ、それが収められている詩集を手に取ってみて下さい。

 □
新型コロナウイルスの感染拡大防止のための緊急事態宣言が、今夜にも全ての都府県で解除されようとしています。
「自粛」のいう名の「心構え」に頼る対策が果たして効果的だったのかも含め、しっかりとした検証と、「次の段階」に向けた新たな方策が求められることになります。
 *
いつもの事ですが、作品等の引用にあたっては、誤字・脱字等のないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたら、お知らせください。


               ― この項 完 ―
2020/5/25

少年詩時評『少年詩とネット「コロナ禍」後』

少年詩時評『少年詩とネット「コロナ禍」後』 
                 佐藤重男
 □
いま、コロナ禍のなか、「巣ごもり」のさなにある子どもたちのために、ネットを使ってオンライン(生中継)での絵本や童話の読み聞かせが注目を集めています。一方で、著作権侵害に抵触するのでは、と踏みきれないでいる関係者も多く、なかなか悩ましいところです(インターネットを使える環境にない、いや、そもそも端末すら家にはない、という家庭が少なくない、という事情もあります。恵まれた人たちの間では、「コロナ禍によって、停滞していたネット環境=テレワークや教育のIT化の加速…」などなど、声高に語られ始めていますが、その一方で、「格差」を懸念する人たちも少なくありません)。
というのも、本ブログで、これまで、たくさんの少年詩の作品を引用してきたわけですが、振り返ってみると、商業目的ではないこと、引用先を明示してあること、論考への引用であること、と著者のみなさんや、出版社のご厚意に甘えてきた節があります。
もちろん、これまで、詩集まるごと一冊を引用してきたことはありませんが、実は、詩は(俳句や短歌などの定型詩もそうですが)、たとえ数行の詩であっても、一編の詩はそれ自体として自己完結している、という事情があります。極端な言い方をするならば、数百ページの一冊の小説と数行の一編の詩は、同等の「文学的価値を持つ」ということができます。
ですから、数十編の作品が収められている一冊の詩集から、わずか一編を引用しようとする場合であっても、わたしたちは著作権(法)に則った行動が求められる、ということになります。

 □
そのことを前提とした上で、少年詩・童謡集に収められている作品が、ネットを介して様々に読まれていく、そのような状況もまた求められていることは、冒頭に触れたとおりです。
そのためには、日本児童文学者協会や、日本文芸家協会などが主導して、著作権に特化した統一した組織・機構を設けて窓口になり、作品の利用と保護にあたることが課題となっているのです。言うまでもない事ですが、この二つの団体には、すでに著作権専門の組織が併設されていて活動も行っていますが、先ほど言ったような、全国的な、つまり各地方を網羅したそれは整備されていないようです。
実は、本ブログでも、作品の引用にあたって、著者が故人であることや、出版社が解散してしまったため、直接、使用の許諾を得られずに、引用を断念したり、部分引用したり、あるいは、冒頭に述べたように、著者や出版社のご厚意に甘える、ということが度々ありました。

 □
電子メール一本で、数分のうちに、作品の使用についてその是非が判明する、それが可能であることが常識となっていなければならない、そういう時代です。
本ブログにおいては、これからも、随時、著者や出版社に対して作品使用の許諾を得ていくことを順守していく所存ですが、わたしの提案もまた1日も早く実現するよう、関係者のご尽力を賜りたいと強く願っています。
ネットを通じて、少年詩・童謡の作品に触れ、そこから、出版物との出会いにつながってく、多くの人がそれを期待していると考えられます。
書き手の中には、詩集の造本や質感、文字のタイプや大きさ、そして紙質にも特徴を持たせたい、と考えている方も少なくありません。よく「神は細部に宿る」と言われますが、書き手の〝こだわり〟というよりは、世界観や表現への本質がそこにはあるような気がします。そのような、いわば書き手の「感性」を尊重し、大事に育てていく、それもまた、少年詩・童謡の発展に寄与するはず、とわたしは信じます。
すでに、多くの人たちから声があがっているように、コロナ禍後とは、〝元に戻ること〟ではなく、ウイルスとの共生も含め、東日本大震災がその契機であったように、わたしたちに価値観の見直しを迫る事になるはずです。
ただし、この問題については、冒頭でも触れたように、「ネット弱者」の存在を忘れてはなりません。子どもの貧困の問題、IT化による教育格差、などなどの問題を置き去りにしていないか、それらのことに配慮しないままの、「コロナ禍後」であってはならない、と思います。
であればなおさらの事、少年詩・童謡のこれからを展望するとき、オンラインなどネットならではの利便性を追求する一方、本でしか味わえない質感や世界観、などなど、どちらの特性をも生かしていく、いわゆる、デジタルとアナログの〝融合〟に向けた様々な工夫を重ねて行くことが求められるのではないでしょうか。

               ― この項 完 ―
2020/5/22


同人誌『小さい旗 146号』の詩編を読む

同人誌『小さい旗 146号』の詩編を読む 
                 佐藤重男
 □
同人誌『小さい旗 146号』(日本児童文学者協会北九州支部 小さい旗の会 2020.5)が届きました。
創作2編、再話1編、そして、同人4人の16編の詩などが収められています。
いつものように、詩編を中心に読んでいくことにします。

 □
柏木 恵美子「おばあちゃんの生まれた町」
作品「おばあちゃんの生まれた町」は、それからどうなったのだろう、とページをめくったのですが、そこには別の作品が掲載されていたのでした。
わたしには、この作品は、四コマ漫画のうちの四コマ目が書かれていない、そんな作品のように思われるのですが、作者には、そうしなければならない何かがあるのかも知れません。どのように「戦時中を過ごした」のか、そして、町は、ピアノはどうなったのか、…。〝それは、あなたの想像力にお任せしますよ〟と言うことなのでは、と受けとめていいのでしょうか。敗戦から75年。その傷痕は癒えることはない、ということに違いありません。

 □
永田 喜久男「ピエロになった一本の木」「隣のじっちゃんとぼくは仲よし」「晴れ間」「小人の国のようだ」「でっかい大根」「半分ごっこ」「老犬ノトちゃん」
作品「ピエロになった一本の木」は、北海道のある観光地にある一本の木がモデルのようです。観光客が増えるにしたがって、作物の植えられている畑に入り込んで撮影をする人が多くなり、とうとう周囲に立ち入りの出来ないようにとバリケードのようなものが作られ、その景観は見事に破壊されてしまった、というニュースを読んだことがありました。
「ピエロ」とは、言い得て妙、という気がします。
作品「隣のじっちゃんとぼくは仲よし」は、ありそうな光景ですが、わたしの住む町なら、きっとバスの運転手さんに叱られてしまうに違いありません。
作品「晴れ間」は、最後の連の「すんなりと/空が開いている」が、作品世界を押し広げてくれていると感じました。
作品「でっかい大根」の、「どかんと でっかい大根が/隔離されていた」がおもしろいですね。ラストの「子どもを抱きかかえるようにして」も、共感できます。
作品「半分ごっこ」は、なるほど、と合点がいきました。いま、世界中がコロナ禍に苦しめられていますが、学者の中には、「ウイルスとの共生」を唱える人たちが少なくありません。自然の体系を破壊してきた人類へのしっぺ返しでもある、というのです。「虫たちと半分ごっこだ!」には、深い意味が込められている、そんな気がします。

 □
なかむら かずこ「ぼくの窓」「ワンチーム」
どちらの作品も、対象への、書き手の温かい眼差しが読み取れて、日常のぎすぎすした出来事が、どこへやら消えて行ってしまいそうです。詩行の一字一句が、わたしをそっと包んでくれたのでした。
作品「ぼくの窓」は、療養のため病室にいる子どもが、開け放たれた窓の向こうの世界と結びついている、そのことで生きる力を得ているんだ、ということがわかります。「ぼくの」
と強調されているのは、この病室で過ごす時間の長い事を教えてくれています。
作品「ワンチーム」は、台所用品を、活躍するスポーツ選手たちに例えているのですが、その通りです、みんなの活躍にもっともっとスポットライトを当ててあげるべきですよ、ね。

 □
みずかみ さやか「椿」「ラッパ水仙」「記者会見」「冬日」「開花宣言」
前半の3作品は、わずか数行の字数で、彼らのキャラを見事に言い表してくれています。
作品「椿」の、「花のまま落ちていく」は、その瞬間に立ち会ったかのような臨場感があって、うらやましいほどです。そして、地に落ちた椿は、どれも、花のかたちを残したまま朽ちていく、それはやはり「宿命」(さだめ)であって、神の力でも、どうにもならないのに違いありません。
作品「記者会見」は、一年に一度の〝晴れ舞台〟。緊張の面持ちの中にも晴れがましい桜の顔が浮かんできます。
作品「冬日」は、タイトルに妙味を覚えます。忘れられていた「小さなポット」の一株のパンジーも、無事に越冬できたのですね。「こぼれそうに笑っている」は、パンジーへの感謝の気持ちから出た言葉かも知れません。

 □
再話「白猿の湯」(黒瀬 圭子)、読ませていただきました。
山形県の白布温泉にも「白猿」が住んでいるということで、現に、わたしの知り合いに「白布温泉で白い猿を見た」という人がいます。わたしも、白布温泉に保養所があって、何度かツーリングで行ったことがありますが、白い猿を見る機会はありませんでした。
余談ですが、初めて白布温泉の温泉につかったとき、大量の湯の花がからだにまとわりついてきて、びっくりしたのを覚えています。
語り継がれてきた、その土地ならではの伝承噺、これからも、書き続けて行って下さい。
 *
創作「おばあちゃんと僕のタイムスリップ」(方藤 朋子)を読んでいます。わたしも、本を読むのが遅く、三日かかって20ページまできました。とにかく、時間がかかっても、なんとしても読み終えたいと思っています。

 □
今回の、お勧めは、作品「椿」(みずかみ さやか)です。


 椿

ポトリ
花のまま落ちていく
宿命

          「小さい旗 146号」より




 □
いつものように、駆け足での寸評になってしまいました。
コロナ禍による「自粛」が続く中、感染された方や、治療に当たっている医療従事者の方々に対する誹謗中傷が増えている、とのニュースに接し、日常が奪われるだけではなく、大切な何かも見失ってしまってはいないか、立ち止まって考えなければ、と強く思っています。
いつものことですが、作品の引用にあたっては、誤字・脱字などのないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたら、お知らせください。

               ― この項 完 ―

2020/5/18


少年詩時評「子どもの日」

少年詩時評『子どもの日』
                 佐藤重男
 □
今頃になって「子どもの日」というテーマもおかしいかも知れませんが、今年は、コロナ禍の影響で、「子どもの日」を祝うどころではなくなってしまいました。もちろん、子どもがいなくなったわけではありませんから、全国のあちこちで、それぞれに子どもたちは「子どもの日」を迎え、大人たちもまた、いろんな思いを込めて祝ってあげたのではないでしょうか。

 □
「子どもの日」の前後には、子どもたちが「将来なりたいもの」のランキングが発表されたり、子どもの数が公表されたりします。
まず、将来なりたものについて、新聞記事から引いてみます。
男の子①サッカー選手②野球選手③警察官・刑事④電車・バス・車の運転士⑤学者・博士⑥医者… 女の子①食べ物屋さん②保育園・幼稚園の先生③看護師④医者⑤飼育係・ペット屋さん・調教師⑥学校の先生/第一生命保険 19年7~9月、小6までの1千人対象
――朝日新聞4月30日付朝刊より
 □
続いて、子どもの数です。
子ども 39年連続減少 東京以外減る 15歳未満1512万人 人口に占める割合12%/男子774万人 女子738万人 
                        ――朝日新聞5月5日付記事より

 □
さて、わたしの自作の年表によると、子どものなりたいもの、ですが、こんなふうになっています(いずれも第一生命調べ/朝日新聞記事より)。
2003 男子1位学者・博士 2位サッカー選手/女子1位食べ物屋さん 2位看護婦さん
2005 男子1位野球選手 2位サッカー選手 3位学者・博士/女子1位食べ物屋さん 2位保育園・幼稚園の先生 3位看護師さん
2010 男子①野球選手②サッカー選手③食べ物屋さん④学者・博士⑤お医者さん/警察官・刑事 女子①食べ物屋さん②保育園・幼稚園の先生③看護士さん④学校の先生⑤歌手・タレント
2018 男の子①学者・博士②野球選手③サッカー選手④警察官・刑事④お医者さん 女の子①食べ物屋さん②看護師さん③保育園・幼稚園の先生④お医者さん⑤学校の先生 

 □
2018年、男の子のなりたいものの1位に「学者・博士」が復活を果たしていますが、日本人のノーベル賞の受賞が続いたことが大きく影響しているのは、言うまでもないでしょう。
それはそれとして、わたしたちも遅ればせながら、「子どもの日」を、共に祝うため、ということで、少年詩のなかから、タイトルに「こども(子ども)」が使われている作品を探してみました。思ったより少なく、ちょっとびっくりです。
そのなかから、次の3編を引かせてもらいました。
「外出自粛」のさ中にある子どもたちはもちろん、大人にも読んでもらえたら、と思います。



 こどもたちは   藤哲生

いったり きたり
おもって かんがえて

こころと
こころ
ひっぱりっこ しています
              
   「秋いっぱい」ジュニアポエム双書№69 教育出版センター 91.11




 こども白書   鶴岡千代子

おとなは 知って いるだろうか
こどもが みんな 思うこと
いい子になんか なりたくない
  けんか いたずら だめなんて
  とても生きてる 気がしない

おとなは 知って いるだろうか
じぶんもおんなじ だったこと
いい子になんか なりたくない
  勉強 すきに なれなんて
  体がむずむず してきちゃう

おとなは 知って いるだろうか
いっても気やすめ だけなこと
いい子になんか なりたくない
  じぶんがどこかへ いくようで
  おもわずやめてと さけんじゃう
       
          №3「白い虹」教育出版センターへ 79・6




 消える子ども   音上郁子

四人のお友だちが元気に入学しました
というアナウンサーの声
過疎の村の話かとテレビを見ると
一千万都市 東京の小学校
人さらいや神かくしにあったのか
この街では
朝に夕に
子どもが消えていく
広い講堂に
ひと握りの子どもと親と教師が並ぶ
今日は厳粛なる
入学式

空地のとなりに
空家
が並ぶ
どこからともなく
解体屋がやって来る
屋根を壊し
壁を壊す
クレーンで建材を持ち上げると
足の折れたテーブルが見え
少年マガジンと
算数のノートが
置かれている

          詩集『水は月山』潮流出版社 1993.11

 □
音上の、「消える子ども」は、ちょっとミステリアスで、なかなおもしろい作品です。
 *
コロナ禍による緊急事態宣言は、一部延長されるものの、14日、大半の府県で解除され、いよいよ「「出口」に向かって舵が切られた観があります。
そんな中、東京・神奈川などの休校は今月末まで続くようです。子どもたちの我慢も、もう限界を過ぎているようですが、果たして、このまま学校を再開してもいいのか、どうか。あるいは、自粛の継続と企業活動の再開は両立するのか、経済活動の大幅な緩和よって、第二波の感染拡大の引き金になりはしないのか…。一部の識者の間からは懸念の声が聞かれます
それにしても、遅れている授業をどう取り戻すのか、夏休みはどうなるのか、そして最終学年の子どもたちの修学旅行は…、心配のタネは尽きません。
言うまでもありませんが、少年詩は、お腹を一杯にしてはくれませんし、ゲームの代わりにはなりません。それでも、少年詩は、子どもたちの心の隙間を少しばかり埋めてくれる、そう思います。

先に引いた作品の著者とは連絡が取れないため引用の許諾を得ていませんが、商業目的ではないこと、出典先を明示してあることで、どうぞ格段のご高配をいただければ幸いです。


               ― この項 完 ―

2020/5/15


詩集『だれも知らない葉の下のこと』を読む

詩集『だれも知らない葉の下のこと』を読む 
                 佐藤重男
 □
詩集『だれも知らない葉の下のこと』(松山 真子 四季の森社 2020.5)を読みました。
三つの章に全部で43編の作品が収められています。
「あとがき」に、【詩は、「少年詩・童謡・詩論研究会(以下、詩論研)」のお友だちと学んできたものがほとんどです】とあります。
また、本の帯には、詩論研のはたちよしこの推薦文が記されてあります。その帯をうまく使った、葉っぱの間から女の子がこちらを覗いているようにも見える、そんな表紙画も魅力的です。
では、いつものように順に目を通していきましょう。

 □
作品「霧の中」
「乳白色の霧の中」は、まるで、海の中のようだといいます。そして、突然現れる大きな魚や小さな魚たち。その出会いを喜ぶことよりも、ここは何処だろうと言う不安に襲われている「わたし」に向かって、小さな魚は、「ずっとずっと昔の/わたしだと言いはっている」のです。幻想的であることは、不安と裏表の関係にあることを教えてくれているのかも知れません。
作品「かわせみ」
もまた、「ほんとうの自分はどっちなんだろう」と自問自答するのですが、それは、理想郷を離れ、子育てのためにエサが豊富な公園の池に住みついた事への悔悟から来ているのかも知れません。理想と現実、どう折り合いをつけていくべきなのか、わたしたち人間にとっても永遠のテーマなのではないでしょうか。
作品「しずくのダンス」
ラスト二行、この詩集のタイトルに使われています。「おおばこの葉っぱに/クローバーの葉に/芝生」のある草原(くさはら)の朝の一コマ。
作品「こいも」
土の中も、冷蔵庫の中も「いやだ」、と飛び出したこいも。鍋に入れられ、味付けをされてお皿の上に…。と、スプーンを持った「赤ちゃんと目があった」。その目はきっときらきら輝いていたのでしょうね。「ぼくも このときをまっていた」、とこいもは思ったのですから。
作品「ほしがき」
「しなののほしがき」と「やまとのほしがき」が、自慢話に花を咲かせる、というだけでもユーモラスなのに、その二人の様子を、「ひつじぐも」が窓越しに覗いていた、というのです。保育園の年長さんが描いた絵を見ているようです。
作品「ざくろとやまんば」
破れたざくろの皮から見える真っ赤な実。やまんばの歯のようだといいます。そのやまんばは、「いいことも悪いこともいっぱいしてきた」のだそうです。そして、いまは、「ざくろの実になって/木の上から通る人をながめている」といいます。やまんばにとって、至福のひととき、なのかもしれません。

 □
Ⅱ章には、「三行詩」が18編収められています。
それぞれが、「か」から、「もぐら」までの生きものたちの、キャラ性をにじませた「独白」。
ただし、ラストの「こもりがき」だけは、花卉。でも、彼らにも「命」は宿り、愚痴をこぼすことも。
作品「とかげ」
逆転の発想の面白さがあります。わが家でも、今頃の季節になると毎日のように出くわしますが、あの逃げ足からすると、よほどびっくりしてのことなのでしょうね。
作品「ごきぶり」
ラスト、「そのふるえるスリッパで」の一言に、ごきぶりの啖呵の良さを感じます。きっと遠山の金さんのように、片肌脱いでの物言いなのに違いありません。
作品「もぐら」
「気がついた」のですから、もう後戻りはてきません。いったい、これからの人生をどう生きていくのか、もぐらは、その答えを見つけることは出来るのでしょうか。
作品「こもりがき」

 □
三章には、生活詩、とでもいえるような12編の作品が収められています。
作品「ばあちゃんに」
「座るとすぐにねむってしまう」椅子があるというのです。最近、ばあちゃんは、夜、寝つきが悪くなって困っている。だから、そんな椅子があるのなら、「さがしてきて/ばあちゃんに座らせてあげたい」と。ばあちゃんを心配する孫の様子が見えて来そうです。
作品「はちみつ」
二人の女の子の、ちょっとした行き違い。というか、はちみつには特別の思い入れがあるわたしと、はちみつの乗ったホットケーキに舌鼓を打つ友だちとの、微妙なすれ違い。けろり、とした友だちの言動に、目が点!
作品「山のコンサート」
子どもは正直。ヤジを飛ばさないだけ、まだましかも。「バイオリンは止まりそうな川の流れみたいだ」に、思わずニヤリ。
作品「ハイタッチ」
コロナ禍のいま、たとえは学校が再開しても、門前でのハイタッチは厳禁。でも、いつの頃からでしょうか、ハイタッチが流行り出したのは…。最近では、グータッチというのもあるようですが。
作品「おおみそか」
歳時記としての行事が次から次へと姿を消していっています。宗教や政治とは距離を置いたとしても、八百万の神々への畏怖と感謝の念は持ち続けたいものですね。でも、幸いに「お年玉」だけは健在のようです。ということは、大みそかの何やかんやも残って行きそうです、…かな?
そうして、こうして、「かるたとり」も「おまじない」も受け継がれていきますように。

 □
詩集『だれも知らない葉の下のこと』という、タイトルが言い表しているように、日常の生活の中で目にする、様々な出来事を丁寧に拾い上げ、そこに、作者独特の感性にプラスして、ファンタジーとユーモアというおまじないを掛けることで、世に一つしかない作品世界をつくりあげている、ということに尽きると思います。
未読の方は、ぜひ、詩集『だれも知らない葉の下のこと』(松山 真子 四季の森社 2020.5)を手に取り、詩行の向こうにある作品世界に触れてみて下さい。


               ― この項 完 ―

いつもの事ですが、作品の引用にあたっては、誤字・脱字等のないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたら、お知らせください。

2020/5/12



少年詩時評『コロナ禍と絶滅危惧種』

少年詩時評『コロナ禍と絶滅危惧種』 
                 佐藤重男
 □
つい先日、新聞を読んでいて目にした「生物種の大量絶滅が進み、感染症頻発の要因ともなる」という、コロナ禍に関連した小さな記事に、思わずうなってしまいました。
というのも、以前に予告した通り、いま、『少年詩の生きもの図鑑(仮称)』という論考を準備しており、その「序章」として、「少年詩の中の絶滅危惧種(これまた仮称)」という稿を立てて書き始めたところだったからです。

 □
本稿は、少年詩・童謡集の作品に登場する生きものたちを拾い出し、1967~2019年に出版された少年詩・童謡集の作品に登場した生きものたちを集計し、作品に登場する頻度によって「希少種」「絶滅危惧種」などに分類し、そこから何かを「発見」しようと企図したものです。
生きものたちを「ほ乳類」「鳥類」「昆虫類」「魚介類」「爬虫類」、そして、「その他」の六つに分けて集計していますが、それは学術的な根拠に基づいているものではなく、わたしの都合で便宜的に分類したものです。
ですから、例えば、マンモス、プロトケラトプスなどの恐竜たちなどは、「その他=非日常の生きもの」に分類してある、という按配です。
詳しい事は、後日連載予定の論考を参照していたたげれば、と思いますが、「希少種=
1967~2019年のあいだに発行された少年詩・童謡集のうち、わたしが読むことができた、433冊、16800編の作品にたった一回しか登場しない生きもの」の一覧を掲げておきます。

 □
[希少種](名前の後ろの数字は作品が収められている詩集の発行年(西暦の後ろ二桁))
「ほ乳類」→
【タイトル】 アナウサギ08
【作品】 センザンコウ74 ハリネズミ74 ぬるびー85 ウォーターバック86 テン99 ワビチ00 マントヒヒ01 インパラ03 ポニー04 ピューマ06  シマリス07 カヤネズミ08 オーロックス08 ジャガー11 ムジナ13 
「鳥類」→
【タイトル】 はげこう87 スッポン鳥91 樫鳥94 トキ07 
【作品】 ヒスイ75 黄鳥84 鵜84 ハクセキレイ84 ウズラ85 ホロホロ鳥85 ヘラサギ85 アオバト85 エミュー85 コウガラス85 原始鳥85 黒鳥87 ヒガラ91 アネヅル91 玄鳥91 ハゲワシ94 水鶏94 アオバズク96 始祖鳥99 キビタキ99 ハヤブサ00 赤鵙01 文鳥02 川鵜02 ウミウ04 カワセミ04 ぶっぽうそう04 ニッポニア・ニッポン07 あほうどり08 キンクロハジロ09 アカコッコ09 都鳥11 コノハズク12 春鳥12 未来鳥13 シャモ15 
「昆虫類」→
【タイトル】 タカネヒカゲ74、アリマキ14、コメツキムシ14
【作品】 ハタオリ67 ミジンコ73、コメツキバッタ74、ショウリョウバッタ74、ハサミ虫75、クチベニマイマイ84、クサキリ86、地虫93 ウスバカゲロウ95、ゾウリムシ00、ノビル03、オトシブミ05、ツマグロヨコバイ05、まゆ05、ミヤマサナエ06、アオドウガネ07、クツワムシ07、トックリバチ08、カンタン08 ツユムシ08、スノーウィ・トリー・クリケット08、チャバネフユエダジャク09、カイガラ虫11、ボウフラ13、アメリカシロヒトリ14、
「魚介類」→
【タイトル】 海綿85 ガザミ90 マトダイ90 ルリエビ90 オキノスバエビ90 アカハタ90 リュウグウノツカイ99 オコゼ99 ガシラ05 瑠璃スズメ09
【作品】 さいら67、にな67 ドンコ67、たいらぎ67、グチ67、モツ75、ブルーギル―08、ブラックバス08、ヒメマス04、サワラ04、ペラ04、イシダイ04、ママカリ04、ザッパ04、シーラカンス05、フカ90、ウグイ99、電気エイ75、アメゴ05、イリャ魚04、ハリヨ08、タナゴ09、クチボソ09、ワカサギ98、オジサンダイ14、イットウダイ14、ネンブツダイ14、ハクレン15、メジナ84、カエル魚84、コバンザメ86、ヤスミ89、山太郎89、カナガシラ76、ハモ76、ナポレオンフィッシュ91、ピラニア91、クロダイ99、ウルメ00、チリボタン00、ホウボウ05 ツブ貝06、スガイ06、セタシジミ06、ソデガイ06、ミル貝04、カキ04、ウズマキ貝75、アコヤ貝75、イモ貝06、ウミユリ96、クロガイ91、夜光貝11、バカ貝12、フエフキ13、タカラ貝88、スミヤキ貝89、ウミウサギ76、オオイトカケ76、アサガオガイ76、ベニガイ76、オルガンガイ76、マツギガイ76、キリガイ76、タケノミガイ76、マツバガイ93、ホラガイ00、ヒオウギ00、二枚貝00、イワガニ86、カメノテ93、カブトガニ97、
「爬虫類」→
【タイトル】 なし
【作品】 爬虫類77 エリマキトカゲ04 サソリ09 イモリ15 キノボリトカゲ18 
「その他」→
【タイトル】 のっぺらぽう08 阿修羅16
【作品】 三觭竜99、テラノドン04、アンキロサウルス04、翼竜04、マリンザウルス86、プラキオサウルス97、プロトケラトプス97、マイクロケラトプス97、プロントサウルス00、トラコドン97、スーパーサウルス18 石獣85、四足獣91、草食獣01 キムジナー05、夜の精15、オシラサマ14、オクナイサマ14、白ゆりの精91、緑の精91、山桜の精98、ニンフ03、魔性75、ピノキオ75、孫悟空04、ヤマタノオロチ06、沙悟浄08、山男14、飛天82、羅刹85、龍神86、かぐや姫95、白雪姫00、眠り姫00、鉛の兵隊00、雪男06、獅子07 おしつおされつ85、カミナリオヤジ00、山父76、鬼ババア04、カラカサオバケ06、三つ目入道06、こんにゃくオバケ06、きつねのオバケ06、大入道85、ひょっとこ87、死神15、ミイラ11 バイキン73、ボンゴ75、インベーダー85、鳥人85、ウィンキー04、アメーバ―06、亡霊07、かめんライダー03、ポケモン03、ミッキーマウス03、ゴジラ05

 □
少年詩・童謡集の作品に登場する生きものたちのなかで、もっとも「希少種」が多いのは、「魚介類」ということになりました。
ただ、先ほどもお断りしたように、学術的根拠というよりも、便宜的に分類した結果ということをご承知おき下さい。
できれば、次の数字を覚えて置かれてもいいかも知れません。

「鳥類」
◇全世界で9000種余 日本では560種以上 広辞苑 岩波書店 2008.1.11第六版
◇現在世界で約8600種の鳥が記録されており…略…日本に分布する鳥は、18目70科490種(日本鳥類目類改訂第5版による)…「日本の鳥について」より 学研生物図鑑 鳥類 1991.5.27第2刷
「昆虫類」
◇「今までに百数十万種類の動物が見つかっています。そのうち、100種類のうちの85種はこん虫です」p6 こども動物百科⑩こん虫とクモ 平凡社 1990.3.20第1刷
「魚介類」
◇本書では、日本各地に産する752種の肴について、カラー写真によって忠実に再現…「はしがき」より 学研生物図鑑 魚類 1991.5.27第2刷

*どれも、資料としては古いかも知れません。

 □
そうそう、「コロナ禍と絶滅危惧種」とタイトルに謳っておきながら、「絶滅危惧種」が出出来ていませんね。
実は、現実社会での「絶滅危惧種」の定義は、「ワシントン条約」などで知られているように、しっかりとしているのですが、「少年詩・童謡集の生きものたち」のなかでの「絶滅危惧種」となると、定義が難しい事がわかりました。
というのも、わたしが読んだ詩集にはたった一回しか登場しない生きものであっても、この先その姿を現すことはない=絶滅危惧種、ということにはならないからです。明日にでも出版される詩集に、わたしたちが「絶滅危惧種」に指定した生きものが登場するかもしれない、そのことを否定できません。
そこで、苦肉の策としてわたしが採用したのが、次のような定義です。
[1]絶滅危惧種一類
2000年を分岐点とし、それ以前には複数回登場し、それ以降、その姿を完全に消してしまった生きもの…
[2]絶滅危惧種二類
2000年を分岐点とし、それ以前に一回だけ登場し、それ以降、その姿を完全に消してしまった生きもの…


 □
というわけで、どうやら、「絶滅危惧種」という分類は、「現実的」ではないようですが、あくまでも少年詩・童謡集に登場する生きもの、という観点から受け止めていただければ、と思います。
いずれにしろ、現実社会では、世界中がコロナ禍の渦中にあり、日々、感染数・死亡数が増え続けています。「世界計 感染者410万3241人 死者28万2728人」(朝日新聞5月12日付朝刊)

いま、「規制緩和」の動きが報じられる一方、識者からは「規制緩和による〝緩み〟が次の感染拡大につながるのでは」といった懸念の声も聞かれます。
混乱・混迷が深まるなか、少年詩・童謡が書かれ、そして、子どもたちに手渡されることを止めてはなりません。だからこそ、と言うべきかも知れません。
新型コロナウイルスとの長い「つきあい」に向けて、「新しい生活様式」という提言が示されましたが、それを実現していくためのヒントが、「小さきものへの親和性」が強い少年詩・童謡から読み取ることができる、そんな気がします。


               ― この項 完 ―
2020/5/12

同人誌『牛 54号』の詩編を読む

同人誌『牛 54号』の詩編を読む 
                 佐藤重男
 □
同人誌『牛 54号』(児童文学同人牛の会 2020.3)が届きました。
創作(低学年 12編 中学年 11編 高学年 14編)、俳句、そして、少年詩11編が収められている、524ページの大刷です。
いつものように、詩編を中心に読んでいくことにします。

 □
間中ケイ子「詩編―街」11編
作品「夏」は、大きなケヤキの幹に止っている小さなセミが、「ケヤキを/かかえているのか」、と大きく見せているおもしろさはもちろんのことですが、やはりこの詩の肝は、ラストの「夏は考える」のひとことでしょう。

作品「重力」も、ラストの「重力がわらっている」におもしろさが集約されています。電車にとって「二三.四三度」の勾配は、直角の壁に等しいでしょう。それとは悟らせぬところがまたいいですね。

作品「小箱」のラスト、「からっぽのままが/いい」に魅かれました。凄い事をいっているわけではないのに、コロナ禍が世界中を覆っている、この何とも言いようのない息の詰まるような日常にあって、この一言は、文学の持つ力を感じさせてくれました。

作品「なべ」は、腹を立てるとなんにでも当り散らしてうっぷんを晴らそうとするわたしにとって、なんとも得難い「小言」になりました。そうですね、さきほどの続きになりますが、何かあったら、石鹸で両手の隅々まで丹念に洗う、しわしわになるまで洗う、コロナから身を護ることにもなるでしょう…から。

作品「こもりうた」は、五連目と六連目のやりとり「ふがいなさを/はかりで/はかってみれば」「はりは/かすかに/ゆれるだけ」に、思わず苦笑。気合を込めてバケツを持ち上げてみたら、からっぽだった、とでもいうような…。

作品「まいご」を読んでいて、とんでもなく凄い事を言っているのに、なんというか妙に肩の力が抜けていて、…「帰っておいで」の一言がいいですね。〝平易なことばで簡潔に〟には、いろんなものが詰まっている、そんな気がします。

作品「流れ」を読んでいて、昨年の二つの台風のことを思い出しました。異常気象が当たり前のことになる、そんなことはあってはならないのですが、もしかしたら、わたしたちは取り返しのつかないところまで来てしまっているのかも知れません。コロナ禍がとめられないように、「ふるさとが/流れされていく」のを見ているしかないのでしょうか。この詩で描かれていることは「反語であれ」と願うばかりです。

作品「よしみさん」は、いいですね。豆腐好きのわたしにとっては、よしみさんの一家の一日は何よりのご馳走。でも、こうした、かけがえのない「日常」が奪われる日が来るのは、明日かも知れない、しかも、地球規模で。そんな警句としてしか読めないとしたら、わたしたちの心の栄養が欠落しはじめているせいかも知れません。「すべすべの/ほっぺをして/よしみさんは/ふとんにはいる」…そう、そうしてやってくる明日は、そう捨てたもんじゃないはずです。

作品「うどん屋」に出てくる「麻のれん」がなんともいえない味を醸し出しています。「旗のれん」には無い、何かがある、そんな想像力をたくましくさせてくれます。

作品「間道」は、名もないものたちの、なんともない日常を切り取って見せてくれています。効率とか生産性とか、そんなものとは無縁の、でも、生きる、生きている、ということの実感がここにはあります。

作品「とき」を読みながら、わたしの思いは「八時二十分」に囚われ続け、そこから逃れることができません。なぜ、「八時二十分」なのか…。そうか、あれだ、広島に原爆が落とされた時間だ。でも、わずかに違っていました。広島に原子爆弾が投下された時刻は、午前八時十五分。「八時二十分」は、午前とも午後とも記されてありません。ただ、「一日二回」とあります。なんだろう…、何があってこの柱時計は、ぴったり八時二十分を指したまま止まってしまったのだろう…。

 □
創作「光」(武田篤輔)を読む
この作品には、残忍な、とも思われる描写が散見されるのですが、それが、読者を作品世界に引きずり込む力ともなっています。「高学年向け」ということでもあり、また、ラスト、「ばあさま」の灯すちょうちんの光がゆれていた、という「救い」が用意されていることでもあるし、堅い事をいわずにハラハラドキドキするのもいいでしょう。

 □
今回も、間中の詩には、ある共通した特徴があります。それは、どの作品も一行一行が短いのです。『牛 54号』には、全部で十一編の詩が収められているのですが、一行の字数が最も多いものでも、作品「まいご」の五連目「ながめているのでしょうか」の12文字です。
また、一連の行数も少なく、長いもので、作品「なべ」の四連目、作品「こもりうた」の七連目の、それぞれ6行です。
この簡潔さが、実は、作品の切れの良さと鮮やかさを生み出しているのではないでしょうか。
それはそれとして、今回も、駆け足での寸評になってしまいました。書き手の皆さんには申し訳なく思っています。
また、作品の引用に当たっては、誤字・脱字等のないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたらお知らせください。

               ― この項 完 ―

2020/5/5



同人誌『こぶし 2号』の詩編を読む

同人誌『こぶし 2号』の詩編を読む
                 佐藤重男
 □
同人誌『こぶし 2号』(こぶしの会 2020.4)が届きました。
同人4人の作品14編が収められています。
いつものように順に読んでいくことにします。

 □
宇田川 直孝「勝鬨橋のたもとで」「夢 一つ目」「夢 二つ目」「花の道」
作品「夢 一つ目」は、一連目の後半、もう少し展開してもらうと、もっと物語に入っていけたのでは、と感じました。
作品「夢 二つ目」は、ラスト一行「風だけが砂を動かしていく」が、出だしの「大地は人々の叫びにあふれ」と響き合って、とても印象的です。
作品「花の道」は、脱力感にも似た、抒情的空気が流れている、そんな作品世界に誘われるおもしろさがあると思います。

 □
鳳 梨花「楽しみ」「プロレスごっこ」「ぼくをみて」
作品「プロレスごっこ」は、子どもの目線でないと迫れない作品世界だと思います。大人はなぜ自分が子どもだったことを忘れるのか、古くから言われてきたことですが、改めて気づかされます。ただ、この「たすけて」の先には「救い」があるように思えてなりません。
作品「ぼくをみて」も、一見、大人たちへの「告発」のように見えますが、やはり、子どもの目線からこの作品世界と向き合うことが肝要ではないでしょうか。

 □
松山 真子「夕日の中で」「寒アヤメ」
作品「夕日の中で」は、声を出して読むことで、より情景が立ち上がってくる、そんな気がします。夕暮れにせかされるように狩りを急ぐ一羽のカワセミと、ミレーの絵画が重なり合って、情景の向こう側から、何やら聞こえて来そうな気配さえ感じられます。無駄のない言葉遣いが、見事だと思います。
作品「寒アヤメ」は、詩にとって命ともいえる、[発見と驚き]があります。誰が見ているから、ということには頓着なく、草花たちは、その役割を全うします。でも、誰かがちゃんと見ているよ、ということもまた、自然の摂理だと言うことを教えられたような気がします。
二つの作品とも、小学校高学年から中学生たちに読んで欲しいと思います。

 □
安田 充「しろいちょう」「エンド」「秋めく」「喫茶店のコーヒー」「畦道」
作品「しろいちょう」は、そのままさらりと読んでもいいし、現代詩風の難解さが隠されている、と読んでもいいでしょう。「くろいりんぷん」は何かの謂いなのでしょうから。
作品「畦道」の抒情性は、現代詩風なつくりだからこそ生きているのかも知れません。「夢」と「ポエジー」をどう織り込むのか、どう折り合いをつけるのか、永遠の課題のようです。

 □
「あとがき」で、安田氏が書いているように、新しい同人の参加で、「メンバーの今後の作品に新たな化学反応が生まれそうな気がします」とのこと。期待していいようです。
 *
新型コロナ禍が、世界中を覆っています。言われているように、「日常」が奪われ続けていますが、休校など、子どもたちにとってつらい日々がこれからも続きそうです。
欧米に加えて、これからアフリカ諸国では、その被害の実態が明らかになっていくことでしょう。注視したいと思います。
そんな中だからこそ、といえばいいのでしょうか。こうして少年詩の同人誌を手にし、収められている作品と向かい合う事の出来ることが、日常を取り戻す一つの力になっている、そんな気がします。

いつもの事ですが、駆け足での寸評になってしまいました。お許し下さい。
なお、作品からの引用にあたっては、誤字・脱字等の無いよう努めましたが、お気づきの点がありましたらお知らせください。

               ― この項 完 ―
2020/4/29