今週の詩(うた)

今週の詩(うた)――詩の音読集より



 あるのかな     清野 公彦
 

風がふわっと
おとくんのにおいをつれてきた
いつかおとくんちに
とまりにいった時も
ふとんに同じにおいがした

ぼくんちにもにおいがある
なんかへんてこりんなにおいだ
ねこのチャチャ
かあさんのふく
とうさんの上着
ぼくのにおいもあるのかな
家のどこにあるのかな



               詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
                (社)日本児童文学者協会・付設
                 少年詩・童謡・詩論研究会





 レオのよぼうちゅうしゃ     宮入 黎子 


「だれが つれてきましたか」
レオは 大きい犬なので
じゅういさんが きいた
「おかあさんと ぼくです」
「ほう! いい犬ですな」

レオは よぼうちゅうしゃのとき
おかあさんに からだを
ぴたりと よせていた
北の国ならそりをひく犬なのに
と ぼくはおかしかった

かえり道 おかあさんの車にのった
レオは
「おれが にいちゃんだぞ」
というかおをして いばっていた





               詩の音読集 1・2年『にんしんにんじゃ』
                (社)日本児童文学者協会・付設
                 少年詩・童謡・詩論研究会


少年詩時評『子どもの名前第1位は…「蒼」と「陽菜」』

少年詩時評『子どもの名前第1位は…「蒼」と「陽菜」』 

                 佐藤重男

 □

今年も、明治安田生命保険調べの「20年生まれの名前ランキング」が公表されました。

朝日新聞20年11月27日付朝刊によると、男の子の1位は「蒼」(あおい、そう、あお)、そして、女の子は「陽菜」(ひまり、ひなた、ひな)で、どちらも「調査開始から初のトップ」だそうです。注、()内は主な読み方

参考までに、男女の2~5位を引いておきます。

 男の子 ②樹(いつき)③蓮(れん)④陽翔(はると)⑤律(りつ)

 女の子 ②凛(りん)③詩(うた)④結菜(ゆな)⑤結愛(ゆあ)


 □

いやあ、ついに「来たあーっ」という感じです。

みなさん、女の子の名前の3位にちゅ――もく、ですよ。

なんと、なんと、なんとぉ、詩(うた)が、今年生まれた女の子に付けられた名前の第3位にランキング!!


 □

本ブログで、「少年詩・童謡・詩論研究会」が発行してきた「音読集」に収められている作品の紹介を、9月14日からはじめましたが、そのタイトルが、


「今週の詩(うた)


です。


 □

今年生まれた、全国のあちこちに暮らす、詩(うた)さんが、すくすくと成長していきますように! そして、わたしたちの「今週の詩(うた)」が、一人でも多くの人に読まれますように!


                     ― この項 完 ―

2020/11/29


今週の詩(うた)

今週の詩(うた)――詩の音読集より


 にんじんにんじゃ     小松 静江

月火水木金よう日
にんじんにんじゃはきゅうしょくの
おかずにこっそりしのびこむ
シチューにカレーにスープにサラダ
ビビンバ・やきそば・まぜごはん
分身の術であらわれる

ようし!にんじゃとたたかうぞ
にんじんぱくっとたべちゃった
ぱくぱくぜーんぶたべちゃった

にんじんにんじゃをやっつけた
からだがむずむずしたきたぞ
ぐんぐん早く走れそう
サッカー選手になれるかなぁ



            詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
             (社)日本児童文学者協会・付設
              少年詩・童謡・詩論研究会




 どうぶつえん     さとう しげお 

おりにいれられカワウソ

こんなところにいつまでイルカ

みんないっしょににげダチョウ

コアラらくなことじゃない

そうそうウマくいかないよ

なあにそんなことはアルマジロ

そこでみんなでカンガルー

チータあたまをつかいましょう

パンダかんだといってるうちに

あれあらもうすぐよがアヒル

おやおやクマったことだけど

ゾウにもしかたがありません

つづきはコンドルにいたしましょう

ほんとにほんとにごめんなサイ

         ズー・エンド



            詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
             (社)日本児童文学者協会
              少年詩・童謡・詩論研究会


同人誌『こぶし 3号』の詩編を読む

同人誌『こぶし 3号』を読む 
                 佐藤重男
 □
新型コロナの終息が見えないとごろか、日本でも再び感染者が急増しているなか、同人誌『こぶし 3号』(こぶしの会 2020.10)が届きました。
おそらく、様々な試みや工夫があって、こうして『こぶし 3号』が生まれたのだろうと推測され、同人のみなさんのご苦労に思いを馳せるばかりです。
今回は、同人4人の作品17編(エッセイ含む)が収められています。
いつものように、順に見て行くことにします。

 □
宇田川 直孝「海に向かうとき」「鯉のぼりと雲」「赤い星」「海と空がまじわらないように」
作品「海に向かうとき」は、二つのことを想起させます。一つは、海の向こうに亡き母の面影を見ながら、それと向き合っている「わたし」。そして、もう一つは、母の死を、海に向かうその姿として象徴的にとらえている、というふうに。
作品「鯉のぼりと雲」もまた、ファンタジックな装いを凝らしている作品です。「お日さまのまわりを」「追いかけっこしている」子どもの鯉と雲の子。ほどよい風が吹いているようです。
作品「赤い星」は、一転、のどかさとはかけ離れた世界が描かれています。特に一連目の「黒く焦げた鳥の群れ」は、残虐ささえ含んでいます。三連すべてが、ただならぬ気配に支配され、暗喩であることを承知しているのに、読む者を不安に陥れます。
作品「海と空がまじわらないように」は、イソップ童話を思わせます。「水平線」には、神様の祈りが込められている、だから、どこまで行っても、海と空をきっぱりと分け隔ててくれているのですね。だったら、地震や台風を、その力=祈りでなんとかしてくれ! とは、信仰の薄い凡人の無邪気な無理・難題…。

 □
鳳 梨花「定義」「日常」「なでる」「体育の日」
作品「定義」を読んでいて、つい最近目にした新聞記事のなかの一節を思い出しました。たしか、「自問自答」が解決へと導いてくれる、と。新型コロナウイルスの正体について、やっと手がかりめいたものが見えてきた、と報じられていますが、…。
作品「日常」も、新型コロナに取材したもの。今年の流行語大賞は、どうやら新型コロナ関連で占められそうですが、「3密」「ソーシャルデスタンス」などは食傷気味ですし、「ウイズコロナ」「新しい生活様式」なんてものは、庶民感覚からはズレ、どうにも鼻持ちならない気がしてなりません。権力者の言う「感染防止と経済の両立」には要注意! どちらも「あなた次第」、…いつかどこかで聞いた「自己責任」とぴったり重なるから不思議?!
作品「なでる」は、どこまでが褒め言葉で、どこからが褒め殺しなのか、そんなふうに、一ひねりして読んだ方が楽しめるようです。実は、わたしは、褒めてあげたくなると、つい、相手の頭を撫でてしまう癖があるのですが、ほとんどの場合、嫌な顔をされます。
作品「体育の日」を読みながら、「敬老の日」について考えていました。実は、わたしの父親の誕生日が「敬老の日」となったからです。そして、不肖の息子は、自治会から「敬老の日のお祝い」をいただく年になったのでした。

 □
松山 真子「おじぞうさま」「ランプの下で」「けやきの木」「クマゼミ」
作品「おじぞうさま」は、かつて、誰にも〝拠りどころ〟があったことを教えてくれています。家族にも言えない、先生にも、友だちにも言えない、そんなことを聴いてくれる存在がありました。それが、道祖神であったり、お地蔵様であったのでした。わたしたちの身の回りには、願いを聴いてくれる何かがあった…、わたしたちは、それを失ってしまったのでしょうか。
道ばたのおじぞうさまに向かって、一心に祈る少女の姿が目に浮かびます。
作品「ランプの下で」も、今はもう遠い遠い昔の光景になってしまったものの一つです。
「とうさんの小屋」とあり、「わが家」から離れた「作業場」なのかも知れません。何かの都合で、母親以外の家族がそこに集まり、一夜を過ごすのかも知れません。そんな家族を見守ってくれる存在が、ここにもありました。そんな役回りをちょっと自慢したくて、「ランプは/夜のかしら(親分?)」のような気持ちでいるようです。
作品「けやきの木」の主人公の「けやき」は、まるで、お人よしの山男か、駄菓子屋のおばさんのようです。「遊びに来るものは みんな友だち」。わたしも、あの、両手を大きく広げたような欅の木が大好きです。
作品「クマゼミ」は、ことばあそび詩としても楽しめます。セミたちの鳴き声は、種類ごとにも、同じ種類でも、それぞれ聞こえ方が違うようです。ミンミンゼミの鳴き声は、わたしにはお経のように聞こえます。

 □
安田 充「花もよう」「ばあちゃんと花」「さくら色の手袋」「ひきこもり」
作品「花もよう」は、淡いさくら色の「さくらの花びら」を「かあさまの着物」に、「真っ赤な紅葉」を「ねえさまの着物」に、使い分けていて、それが、おもしろいですね。
作品「ばあちゃんと花」は、花の様子も美しいけれど、「たくさんの花を育てて」きた、ばあちゃんの立ち居振る舞いに軍配を上げています。
作品「さくら色の手袋」は、普通なら、「決して出会うことのない」、「さくら」と「雪」のその出会いを、「手袋」というアイテムを使いながら、ファンタジーとして見事に演出してくれています。先取りしてしまうと、願いや祈りは通じる、ということかも知れません。
作品「ひきこもり」は、社会的な難題を少年詩の題材として取り組んだその姿勢を評価します。ひきこもりは、いまや子どもだけの問題ではなく、つい先日も、テレビで報じられていましたが、大人世代にも関わる社会的テーマになっています。「僕」が部屋から外へ出て行く契機になるのは何か、それは、「ことば」だろうと思います。
「僕」はこう思っています。「密かに ここで待っている」と。そうであればこそ、わたしたちは、ひきこもりについて、多くを語って行く必要があるのではないでしょうか。その「ことば」とは何かを見いだすためにも…。

 □
駆け足での寸評になってしまいました。ご容赦ください。
今回、新型コロナのなか、「こぶし 3号」が発行されたこと、それをまず喜び合いたいと思います。
そして、今回は、宇田川さんの「赤い星」、松山さんの「おじぞうさま」が、とても印象的でした。
次回も、ぜひ、発見と驚きのある作品を読ませて下さい。


               ― この項 完 ―

いつもの事ですが、作品の引用にあたっては、誤字・脱字などのないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたら、お知らせください。


2020/11/22


少年詩時評「『にじいろの議』を読む」

少年詩時評『「にじいろの議」を読む』 
                 佐藤重男
 □
前回に続き、気になった新聞記事について書きます。
朝日新聞夕刊に、「にじいろの議」という論考が連載されているのですが、2020年11月11日の記事は、ノンフィクションライターの濱野ちひろ氏の「日本人の動物への感性」というもので、記事の見出しを見た瞬間、内心、やられた!と思ったのでした。
というのも、何度もお知らせしているように、現在、本ブログに掲載するために「少年詩の生きもの図鑑」という論考を準備している最中でもあるため、「動物への感性」という見出しを見て、先を越されたか、と思ってしまったというわけです。

 □
正直に言うと、用意した資料をどのよう使うか、つまり、手元にある材料を使ってどう料理するか(=何を作るか)という入口のところでつまずいてしまっている、という次第なのです。
「なぜ少年詩の詩人たちはその生きものを題材に取り入れたのか」、そのことが肝心なのであって、資料を元に、それぞれのカテゴリーについてランキングを見たところで、どうなるのか、という気もします。
ただ、ある生きものが、それぞれのカテゴリーにおいて、作品にたった一回しか登場しない、という事実には関心を引かれます。あまたある作品のなか、どうして、たった一回しか登場しないのか。それは、そのカテゴリーのなかで、登場回数の多い生きものとくらべてみたとき、「なぜ」という疑問が膨らんできます。

 □
ところで、冒頭に紹介した、濱野ちひろ氏の「日本人の動物への感性」と題する「にじいろの議」の中身ですが、動物性愛者たちについて書いた、『聖なるズー』という自著について触れながら、刊行後、予想していたバッシングが起きなかったことについて、考察を深めていきます。その原因としていくつか挙げていますが、中でも【人間以外の存在に対する柔らかい感性を日本人はやはり共有している】というくだりに、うなずかされるものがあります。
おそらく、わたしのなかでは、「道ばたにころがっている小石にも、生命は宿っているし、その存在価値はある」という少年詩・童謡の根源性と、濱野の「人間以外の存在に対する柔らかい感性」という見立てを、重ねているからではないか、と思わずにはいられません。


               ― この項 完 ―

2020/11/21


今週の詩(うた)


今週の詩(うた)――詩の音読集より



 なぞなぞ詩     加藤丈夫

めのうえにあるのはいちばんじゃまです。
ラクダはふたつもっているのとひとつだ
けのがいます。…それ なーに

ぞうさんはこれをつかってたべものをく
ちにはこびます。てではありません。じ
ぶんのことをじまんするとたかくなりま
す。…それ なーに

とりにも けものにもなかまにいれても
らえません。さかさにぶらさがってねま
すのでおねしょはできません。…それな
ーに

かくれがをしょってあるきますが かた
つむりではありません。つるさんのじゅ
うばいながいきすることになっています。
…それ なーに

とりですけど おしえられたとおりのこ
とばをくりかえします。いみは わから
ないのですから へんなこと おしえな
いでね。…それ なーに

どういうわけか ぼたもちは ここから
おちることになっています。つごうのわ
るいことは ここにあげて しらんぷり
をします。…それ なーに






         詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
          (社)日本児童文学者協会・付設
           少年詩・童謡・詩論研究会


少年詩時評『「初見日」と「初鳴き」』

少年詩時評『「初見日」と「初鳴き」』
                 佐藤重男
 □
先日、朝日新聞に目を通していて、二つのことに注目させられました。
きょうは、そのうちの一つ、【虫や鳥…季節の観測やめます】という記事(2020年11月11日付朝刊社会面に掲載)についてとりあげます。
気象庁が、季節の生き物の観測を続けてきたことは知っていましたが、それをやめることになったのには驚かされました。
しかも、【気象庁「見つけるの難しくなった」】というのがその理由に挙げられていますが、これには二度びっくりさせられました。
見つけるのが難しくなったからこそ、観測を続ける意味が重要さを増す、そう考えるからです。虫や鳥の「初見日」「初鳴き」を確認し記録することは、わたしたちにはとうていできません。気象庁という組織だからこその役割と使命があるはずです。
今回の動きは、それを裏切る、あるいは、社会的役割を放棄するもの、といわなければなりません。

 □
【都市化や地球温暖化により生態環境が変化し、気象台周辺で見つけることが難しくなった生き物が増えたという】(同、記事より)その理由には、二つの疑問を覚えます。
一つは、地球温暖化の影響が深刻になっているいまだからこそ、生態環境の変化について手を緩めず追跡していく必要があること、もう一つは、どこで見つかったか、それを知るために観測場所を広げるべきで、そうしてこそ、これまでの観測記録が生かされることになる、ということです。
同一場所、同一標本、というのは「統計」の基礎であることは言うまでもありませんが、そこを厳守したうえで、柔軟な対応はできないものか、知恵を出し合うべきではないでしょうか。
実は、気象庁は、そんなことは百も承知で、今回、観測の廃止に踏み切った、と考えられます。
結局は、気象庁の、そして、政府の「懐事情」が大きく影響しているのではないか、そんな危惧を拭いきれません。正しくは、無駄を削って…、といったお役所的な「効率主義」が透けて見える、というべきかも知れません。

 □
新聞記事は、さらに、こんなことも記しています。
【また、同じ目的で植物の観測も行っているが、対象の34種目のうちチューリップやタンポポなど28種目の観測をやめる。】(同)
ここでも、気象庁は、標本の確保が「難しくなった」とその理由を挙げている、と記事は伝えています。

 □
虫や鳥や草花などを観測し続けることは、ある意味「壮大な無駄」に違いありません。文学や映画などが、そうであるように。ウグイスがいつ初鳴きしたか、それを知ったところで、わたしたちの空腹がみたされるわけではありません。
にもかかわらず、わたしたちは、たとえば、内戦によって他国の難民キャンプで暮らす家族が、たった一つの器を囲んで食事を摂るなか鳥の初鳴きの声が聞こえてきた、その一瞬、どんな感情が彼らのなかに生れるか、それを想像しないではいられません。
高級乗用車でお役所に通う政治家たちは、スマホの小さな画面に映る株価や世論調査の数字に目を奪われ、路傍の名もなき野草が目に入ろうはずもない、その同じ時間、ある一人の子どもは、きのうアスファルトの隙間に芽吹いたタンポポが、きょうはどうなっているか、そのことに関心のすべてを集中させています。



 タンポポ     重清良吉

学校にいきたくない子は
そこまでくると しゃがみこむ
学校へのまがりかど
冬でもそこには タンポポが咲いている

しゃがんで 子どもは
タンポポの花をつつみこむ
その小さな てのひらで
春の火だねをかこうように――
そうしてしばらくあたたまると
あるきだす

このごろ あの子を見かけない
「はい はい はい!」
教室で 元気に
手をあげているだろうか


       『草の上』ジュニアポエム双書№118 
銀の鈴社 96・7




 □
わたしたち「少年詩・童謡・詩論研究会」が企画し刊行した「音読集」を、全国の「子ども食堂」に贈呈する活動を続けていますが、冊子を送る際、わたしは、こんな手紙を同封しています。

[同封した音読集は、子どもたちのお腹を満たすことはできないかも知れませんが、この音読集を読んだ子どもたちが、驚きと発見に出会ってくれる、そう信じています]

 □
新聞記事や作品の引用にあたっては、誤字・脱字などのないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたら、ぜひお知らせください。

               ― この項 完 ―
2020/11/14



今週の詩(うた)

今週の詩(うた)――詩の音読集より



 いたずらなカサ     小沢 千恵

カサ ぐるぐるまわすと
カサ たのしい
カサ こわれて
カサ カサでなくなって
あめ にじいろにとんで
あめつぶ そらの中で
おどってる
カサ ながめてる



             詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
              (社)日本児童文学者協会・付設
               少年詩・童謡・詩論研究会






 いたずらなあし     小沢 千恵

はしるあし
ぐんぐんあるき ぐんぐんすすむあし
はしって はしって はしって
おかのてっぺんまで
はしるあし


あし あせかいて
あし わらって
あし よろこんで
しあわせと いっているあし



             
             詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
              (社)日本児童文学者協会・付設
               少年詩・童謡・詩論研究会






少年詩時評『動物園考』

少年詩時評『動物園考』
                 佐藤重男
 □
朝日新聞が、動物園に関するアンケート調査の結果と、その内容について投稿者の意見や識者の論考を掲載しています。(2020年11月1日付朝刊【フォーラム 動物園、どう思う? ①現状は】)
記事の冒頭、こんな提言がなされています。
【中略―日本に初めて動物園ができてまもなく140年。いま動物園は、大きな転換期を迎えています。動物園はどのような存在なのか、みなさんと一緒に考えます】

 □
本ブログにおいて、かつて、『異形のものたち』というタイトルで、少年詩や児童文学に登場する動物たち、そのなかでも、象とキリンについての論考を連載したことがあります。(2009.3~)
象とキリン、といえば、動物園の人気ものですから、論考のなかでも動物園について取り上げ、ネットで知った、愛知県の東山動物園の「第18回東山動物園人気動物ベスト10」という記事を引用しました。
少年詩に登場する生きものたちの「人気度」を動物園の人気ものと重ねてみよう、と思ったわけです。
結果は、次の通りです。

「第18回東山動物園人気動物ベスト10」
1  コアラ
2  ゾウ
3  キリン
4  ペンギン
5  ライオン
6  トラ
7  カバ
8  サル
9  ウサギ
10 クマ

 □
10年近く前のデータですから、現状とは一致しないかも知れません。そこで、同じくネット検索したところ、最新のデータが見つかりました。紹介します。
「第23回東山動植物園人気動物ベスト10」(平成30年10月~11月 投票者数6575、投票総数19316)
1位 ゴリラ
2位 コアラ
3位 ゾウ
4位 キリン
5位 ライオン
6位 トラ
7位 ペンギン ←鳥類です
8位 フクロテナガザル
9位 ユキヒョウ
10位 ホッキョクグマ
                   ――「東山動植物園」のホームページより

「第18回」と比べると、ランキング外だった「ゴリラ」が堂々の1位に復帰し、「カバ」「サル」「ウサギ」がランキングから消えています。

 □
続いて、現在準備している、『少年詩の生きもの図鑑』では、少年詩に登場する動物(「ほ乳類」に分類)のベスト10はどうなっているか、「第18回」「第23回」と並べてみてみましょう。(数字は、作品への登場回数)

少年詩       第18回     第23回
1 ねこ 672     コアラ     ゴリラ
2 いぬ 542     ゾウ       コアラ
3 うさぎ 222     キリン     ゾウ
4 ぞう 203     ペンギン     キリン
5 うま 174     ライオン     ライオン
6 うし 168     トラ       トラ
7 くま 140     カバ       ペンギン
8 きつね 136     サル       フクロテナガザル
9 きりん 124     ウサギ     ユキヒョウ
10 らいおん 120   クマ       ホッキョクグマ

*ほ乳類がずらりと居並ぶなかにあって、「ペンギン」の存在が光ります。本稿では、ペンギンは「鳥類」に分類してありますが、そのなかでの登場回数の順位は、「ひよこ」と並んで34回(16位)です。また、「ゴリラ」は、少年詩では、18回登場し、順位は35位となっています。

 □
新聞記事に戻ってみましょう。
「アンケートに寄せられた声」を記事の中から、その見出しだけを拾ってみると、
「外出自粛で感じた苦痛」
「息子が助けてもらった」
「ふれあい体験は虐待」
「野生とオリ、どちらが好ましい?」
「動物に対する意識偏る」
「動物園は必要だがあり方に疑問」
「これからも子どもに「命」教えて」
「わくわくから切ないに」
「亡き長男との思い出」
などとなっています。
9件中、否定的な意見が6件、となかなか悩ましい結果となっています。
特に、いつも檻の中に閉じ込められている、といった状況を「可哀想」「疑問だ」と思う人が多いようです。
また、「動物に対する意識偏る」とした方は、「動物園は必要ない」と言い切っていますし、芸をさせたりして見せ物にしている、そのことで動物に対する意識が偏る、と疑問を呈しています。
わたしの住む市には総合公園という施設があって、小動物園が併設されており、ハムスターやヒヨコなどとの「触れ合い」が売りになっているのですが、幼い子どもたちが小動物を掴んだり振り回しているのを見ていると、なるほど、「ふれあい体験は虐待」という意見もうなづけるな、と思いますが、それは、周りの若い親たちも小動物たちの扱い方を知らない、といことに起因しているのかも知れません。

 □
わたしの論考『少年詩の生きもの図鑑』に戻ると、また別の風景が見えて来ます。
本稿では、資料として、少年詩・童謡の詩集442冊に収められている17114編の作品に登場する生きものたちを「ほ乳類」「鳥類」「昆虫類」「魚貝類」「爬虫類+両生類」「その他」の六つに分けて論考の対象にしていく予定です(資料をチェックするたびに綻びが出てきて、その修正に振り回されているところです)。
動物園に縁の深い「ほ乳類」では、登場する種の数は103に上り、それらの生きものたちが作品に登場する回数は4091回にもなります。
では、それらの動物たちは、いったい、どのように作品に登場するのでしょうか。やはり、檻のなかに閉じ込められているのでしょうか。
その答えは、近いうちに連載を再開する、『少年詩の生きもの図鑑』の中で明らかにしていこうと思います。どうぞお楽しみに…。

               ― この項 完 ―
2020/11/8

少年詩時評『ノーベル文学賞』

少年詩時評『ノーベル文学賞』 
                 佐藤重男
 □
米大統領選の結果に世界中の耳目が集中している今、もう、旧聞に属する話題になるのかも知れませんが、今年のノーベル文学賞が、米国の詩人ルイーズ・グリュツクさん(77)に贈られました。彼女の作品が日本でほとんど翻訳されていないこともありますが、わたしは彼女の詩を目にしたことがありませんでした。計12編の詩を翻訳し紹介していた木村淳子さんが、彼女の作品の特徴や、翻訳に至った経緯などを、朝日新聞紙上で紹介してくれています。(2020年10月14日夕刊)
記事の見出しは、次のようになっています。
【個人の苦悩 花や木にたとえ普遍化】【深いテーマ すっきりとした言葉で】

 □
「花や木にたとえ普遍化」「すっきりとした言葉で」、というこの二つは、わたしたち少年詩・童謡に関わるものにとって、大いに親和性を感じる、ということができるでしょう。
いずれにしろ、詩人がノーベル賞を受賞したことは、わたしたちにとって、大きな刺激にもなりましたし、大いなる希望をも与えてくれた、というべきかも知れませんが、こう言ってしまうと、詩に関わるものとしては、あまりにも表層的で形式的にすぎる、そんな気がしてきてしまいます。

 □
現在、本ブログで、「今週の詩(うた)――詩の音読集より」を連載中ですが、こうして読み返してみると、月に何回か集まって、あれやこれや感想や意見などを出し合い、手直しも経て発行したものだけに、なかなか読みごたえのある作品が収められている、という感慨に似た感じさえもっているところです。
それは、わたしたちに、「原点に帰れ」との戒めを与えてくれている、ということもできそうです。
ノーベル文学賞の足もとにも及びませんが、わたしたちの周りには、「日本児童文学者協会賞・新人賞」、そして「三越左千夫少年詩賞」などの賞があります。
もちろん、そんなことに頓着せず、日々、自己研鑽に励んでおられる方もたくさんいるでしょうし、そんな方にこそ光を当ててみたい、そんな気がします。


               ― この項 完 ―
2020/11/6

今週の詩(うた)

今週の詩(うた)――詩の音読集より


 秋     はたち よしこ


くさむらに
机のひきだしが すてられている

コオロギが 一ぴき
なかを点検している


――よし 使えるぞ


ゆうぐれが
すこしずつ 入ってきて


ひきだしは あふれはじめる




             詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
             (社)日本児童文学者協会・付設
              少年詩・童謡・詩論研究会





 にげる人     楠木 しげお


にげる人 はやい
おいかける人 おそい
  にげる人 にげちゃった
  おいかける人 にげられた

にげる人 おそい
おいかける人 はやい
  にげる人 つかまった
  おいかける人 つかまえた

にげる人 はやい
おいかける人 はやい
  にげる人 にげる
  おいかける人 おいかける





             詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
              (社)日本児童文学者協会・付設
               少年詩・童謡・詩論研究会







            

今週の詩(うた)

今週の詩(うた)――詩の音読集より


 かくれんぼ     いがらし れいこ

かぼちゃばたけの
かくれんぼ
ねこのミコちゃんは
はっぱの下にもぐりこむ

そこへちょうちょが
とんできて
カボチャの花の上で
――ここよ ここよ

あしぶみしてる

ミコちゃん
みーつけた


       
            詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
            (社)日本児童文学者協会・付設
              少年詩・童謡・詩論研究会




 しゃくとり虫     新井 和


かたつむりが話しかけても

うわのそら

ひたすら上をめざした

しゃくとり虫

くわの木をのぼりつめる


枝になった



            詩の音読種 1・2年『にんじんにんじゃ』
            (社)日本児童文学者協会・付設
             少年詩・童謡・詩論研究会



今週の詩(うた)

今週の詩(うた)――詩の音読集より


 子だぬきさん     宮田 滋子

てぶくろで つくった
子だぬきさん
ぷっくり ふとって
かわいいよ

てぶくろで つくった
子だぬきさん
はらつづみ うっても
ならないよ

てぶくろで つくった
子だぬきさん
ひとりっ子なのが
さびしいよ



           詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
           (社)日本児童文学者協会・付設
            少年詩・童謡・詩論研究会





 くまのブブちゃん     おのえ たかこ

たなにすわって 「こんにちは」してる
ちゃいろいくまさん くまのブブちゃん
「くま」っていえない あかちゃんのときに
つけたなまえだってさ ブブちゃん

はなもひしゃげて すすけてるけど
ふわふわくまさん くまのブブちゃん
でかけるときも よるねるときも
いっしょだね ブブちゃん

いまでもいっしょに ねることあるね
すきすきすれば くまのブブちゃん
「ただいま!」みたいな きぶんになるね
ほわーんとするね ブブちゃん



            詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
            (社)日本児童文学者協会・付設
             少年詩・童謡・詩論研究会



            


同人誌『おりおん 58号』の詩編を読む

同人誌『おりおん 58号』の詩編を読む 
                 佐藤重男
 □
同人誌『少年詩と童謡 おりおん 58号』(織音の会 2020.8)が届きました。
驚きました。なんと、敬愛する池田あきつさんが亡くなられた、というではありませんか。
個人的なお付き合いがなかったとはいえ、その逝去を知らずにいたこと、恥ずかしく思います。改めてお悔やみを申し上げます。
いま論考をまとめている「少年詩の生きもの図鑑」を思い立ったのも、実は、池田さんの詩編に魅せられてきたからでもある、といっても過言ではありません。
これからどのような作風の詩編を書かれていくのか、そのことを大いに楽しみにしていただけに、ほんとうに残念でなりません。

さて、本号には、同人9人の作品24編の詩編が収められています。
いつものように、順に見ていくことにします。

 □
村上 周司「目高」
作品「目高」は、2連目の出だし、「それでいて/お空は/トンテンシャンと光ってる」が、ユーモラスで、作品全体を明るくさせているようです。「メダカ」を「目高」と漢字表記にしたところに、作者の詩へのスタンスを感じさせます。

 □
海野 文音「夜の公園」「なんかいいね」「ここにいます」
作品「夜の公園」は、「落ちてる物」という発想に妙味を感じます。「夜の公園」と聞いただけでいろんなことを想起させられますが、「透明な巨人」の登場で、それを丸ごと鷲掴みに放り投げられてしまう浮遊感に近いものにとらわれてしまいます。ラストの「空気も動かない」がいいですね。
作品「なんかいいね」は、クセのある母さんの人物像が見事です。そして、「こんな勘違いの積み重ね」と、ゆるーく言ってのけているのですが、なぜかこのひとことに、ドキリ、とさせられます。
作品「ここにいます」は、「小さな 小さな 白い花」と「小さな 小さな 女の子」が共鳴・共振する様を、そっと囁くように描いたものです。

 □
浜野木 碧「朝採れ野菜」「みょうが」「栗拾い」「干し柿」「野ぶどう」
作品「朝採れ野菜」は、声に出して読んでも楽しめますし、目でも楽しめる作品です。2連目、「だいこんのしっぽ」から始まって「かぶ」に繋がる野菜たちの並び方も見事です。
作品「みょうが」は、こちらも5連目で、夏を連想させるものが、「汗」から「軒先の風鈴を揺らす風」まで、すだれのように並んでいて、ひとつ、ひとつを声にだして読んでいくと、まるで一冊の「絵日記帳」を読んでいるようです。
出だし、「絹ごし豆腐」と「さらしみょう」の組み合わせも効果的だと思います。
作品「栗拾い」を読みながら、小さな子どもたちにぜひ体験して欲しい、と思わずにはいられませんでした。ラスト「茶碗の中でも 栗拾いです」に、思わず涎を拭いそうになりました。
作品「干し柿」は、敷かれたレールをただまっすぐに走ってきた人たちの〝人生〟とは違う、厚みと深みを連想させてくれます。「あれほど がんこで/へんくつだった」は、渋柿だからこそのキャラをうまく表現しています。平易なことばで、渋さと甘さを描き分けていて、少年詩の醍醐味を感じさせてくれます。
作品「野ぶどう」は、「やんちゃ坊主の/集まりです」と、見立てたことで、もう、勝負はついているようです。ユーモラスさのなかにも、一粒、一粒のぶどうたちへの想いが込められているのが伝わってきます。

 □
戸田 たえ子「赤い いちごを にぎって」「夢が叶う時」「追想」
作品「赤い いちごを にぎって」は、話が飛躍しているというよりは、連想が次から次へと広がっていく、そこに、「白」への憧憬に近い感情が読み取れるようです。タイトルと最後の連が繋がりに欠けているようですが、「にぎって」に焦点が当てられていることは分かります。
作品「夢が叶う時」を読んでいて、なるほど、人が百人いれば、百の夢があるのだな、と納得させられたのでした。大きい夢、小さい夢、そんなふうに分け隔てもないのだ、とも。ラスト「そもそも/犬に蹴られて」が、効果的だと思います。
作品「追想」は、出だしの「父がいて/母がいて/…」と、3連目、「父も母も いなくなっても」の対比が、タイトルにかぶさります。柑橘類は、実がなるまでに20年を要し、そして、その後20年で役割を果たす、と言われています。

 □
白石 はるみ「みどりの森」「迷子のすずめ」 
作品「みどりの森」は、大きな暗喩でもあり、あるいは壮大な「ことばあそび詩」なのかも知れません。「みどりの森」、そこは、イワシ、あしか、クジラたちが群れて泳ぐところなのだ、と。ファンタジックな、少年詩ならではの世界を理屈抜きに楽しめます。
作品「迷子のすずめ」も、幻想的な作品世界が描かれています。ラスト「子供たちは元気に来るかしら/窓を開ける先生の声」は、新型コロナで一変した世界を、暗示させます。

 □
伊藤 政弘「水滴」「一枚のお知らせ」 
作品「水滴」は、ことばではなく、文字を記号として配列し、視覚で楽しむもの、とも取れますが、やはり、詩型の一つとして詠んでもいいのかも知れません。水滴と銀河、…壮大なドラマとして楽しめる仕掛けになっていて、おもしろい試みの一つだと思います。
作品「一枚のお知らせ」は、昨今の「コロナ禍」に取材したものですが、ラストの一行、
「新しい時代の到来と捉えればいいのだろうか……」という問題関心に同感です。「ウィズコロナ」は傾聴すべきものがありますが、「新しい生活様式」には、何か上から目線というか、胡散臭さを感じてなりません。「新しい」を口にする人たちからは、店を閉じざるを得なかった「店主」の心情へ寄り添う意思がまったく感じられないからです。そんなことまで考えさせられたのでした。

 □
江崎 マス子「鮹女」「シャンデリヤ」「トーキビ」
作品「鮹女」は、既得権益に汲々とする昨今の風潮への風刺・警告、と詠むことも可能ですが、「自虐・自嘲」という自縛から解き放たれたことを祝う、祝祭の詞なのだと受け止めてはどうでしょうか。
作品「シャンデリヤ」は、ダジャレ詩として楽しめる、そんなふうに敷居を取っ払った方がいいのかも知れません。とにかく理屈抜きがこの世界への参加資格です。
作品「トーキビ」は、方言詩。注釈に「島でそのように云う」とありますが、わたしの生まれ育った県でも、「トーキビ」「トーギミ」と言っていました。それはともかく、方言はいいですね。感情の機微や物事を、どうしてああも的確に言いあてることができるのか不思議なほどです。作品の最後「おんどは淋しい気持ちになってきた」に共感を覚えるのも、方言詩だからこそ、という気がします。

 □
小林 比呂子「ニオイはニホヒだったのか?」
この作品、理屈で読んだのでは、迷宮入りになってしまうでしょう。〝匂い?(臭い?)〟に「思わずぞっとした」に合点。ある人(女性)から「男子校の教室には入れない」という話を聞いたことがあります。その時は?と思ったのですが、理由は「ニオイ」とか。文中の「4711」は香水のことでしょうか。

 □
しまざき ふみ「お散歩猫のクルミちゃん」「置時計」「イイヨ鳥のゴーサイン」「たまご」
作品「お散歩猫のクルミちゃん」を読んでいて、犬好きよりも猫好きの方が「濃い」、と感じました。猫にリードをつけて散歩、なんて、よほどの猫好きのようです。こうなると猫好き、というよりも「猫愛」というべきかも知れませんね。
作品「置時計」は、昨今流行りの「終活」を連想させます。針の止った時計は、わたしたちに「いのちの終わりも/こんなに静かだったら……」と思わせてしまうのです。
ただ、そこで閉じてしまうのではなく、「動き出したら うれしいな」と言ってくれることで、わたしたちも一安心。もうちょっと生きてみよう、と思わせてくれます。
作品「イイヨ鳥のゴーサイン」は、それでも太陽は東から昇る、ということのようです。
きょうも、朝いちばん、ヒヨドリは大きな声で鳴いています。落ち込んでなんかいられません。
作品「たまご」も、理屈っぽくいえば、〝命の循環〟。生きている元になってくれている小さな命(鶏卵?)に感謝、です。

 □
いつものように、駆け足での寸評になってしまいました。
また、「特集 追悼 詩人・池田あきつ」については、ほかの作品への想いも込め、機会を改めて触れることにしたいと思っています。

            ― この項 完 ―

いつもの事ですが、作品の引用にあたっては、誤字・脱字などのないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましら、お知らせください。


2020/10/14

今週の詩(うた)


今週の詩(うた)――詩の音読集より



 金太郎のひみつ     小松 静江

でべそだから
はらかげをしていた

おくびょうだから
まさかりをかついでいた

よわむしだから
くまにのっていた

すもうにかったのは
くすぐったんだって

足柄山の松の木は
いがいとおしゃべりだ




                詩の音読集 1・2念『にんじんにんじゃ』
                 (社)日本児童文学者協会・付設
                   少年詩・童謡・詩論研記会







 かっぱのひるね     宇田川 直考

ひとがあんまりうるさくて
かっぱはひるねもできません

ちょいとしずかないけのそこ
ねてればつりいと
ポトン ポトン
おそさまかくす
ふねのかげ
ひるねもとんとできません

「いやだいやだ もういやだ」

いつかかっぱは
すがたをけして
むかしばなしのほんのなか
やっとみつけたひるねのばしょで
にんまりねがおがわらってる

               
                 詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
                  (社)日本児童文学者協会・付設
                    少年詩・童謡・詩論研究会



*今週から、二編ずつ掲載します。

                     


                 




少年詩時評『ところが、どっこい』

少年詩時評『ところが、どっこい』
                 佐藤重男
 □
表題の文言は、「わたしは失敗しないので!」の決め台詞で有名な女優さんが、**の料金に関わるCMのなかで使っているものですが、いやあ、もう、この一言が頭から離れなくて困っています。

 □
「ところが、どっこい」のうち、「ところが」は、みなさんご承知のように接続詞です。
「ずっとAだとばかり思っていた。ところが、Bだということが分かった」などのように、前の文意を打ち消すような時に用いられます。
一方、「どっこい」は、「どっこいしょ」というように、ここぞという時に力を入れたいとき、歌などの合いの手、として使われます。また、「どっこい、そうきたか」「どっこい、それでも生きている」など、「どっこい、****」というふうに、言い返しのことばとして使われることが多いようです。
ところが、「ところが、どっこい」は、「ところが」「どっこい」の二つが、一つのかたまりとして使われている、そこに、実は、このことばの「きわ」があるのではないでしょうか。

 □
では、少年詩の作品の中に、この「ところが、どっこい」は出て来るでしょうか?
調べてみました。


 食欲の秋   中村多津子

秋の入り口にさしかかった
スポーツに読書

ところが台所から
新米 さつまいも ぶどう 梨たち
にこにこしながら
手招きする
(以下、6行略)

         『台所詩集 ジャガイモの恋』てらいんく 2011.1




 夢の話   山本龍生

  1
若いころ夢を喰ってばかりいた
だから若いきみたちに
夢の話を
いつもしたいと想ってきた

ところが
夢の話をする前に
夢を喰ってしまつたので
夢の話が
いつもできないでしまった
いつかきっと
夢を喰わずにとっといて
おいしい話を
いっしょにたべよう
(以下、46行略)

           『春行き一番列車』銀の鈴社 91・2




 蟻は血をあびて   日友靖子

(19行略)

おらは 細っこい肢で歩くだけだから
どだい 遠くまではいかれねえ
だけんど人間は 箱の中に座り
輪っこ転がして遠くへ行く
いろんなものを 見る 聞く 知る
どんどん りこうになる
だから 立派なものがたくさかできる
文明とかになる
そしていつか 壊れるときがくる
天災とか 戦争とか 事故とか
いのちも壊れる
栄えては消え 造っては滅びる
バベルの塔から宇宙ステーションまで
変る 進む 新しくなる
衰えながら 弱りながら 疲れきって
それでも なお!
――ところが おらたちは
いちど造ったものは護りとおし
護りとおすためにだけ
子孫をふやし 女王さまをお守りしていく
それだけだ
(6行略)

            『猫曜日だから』銀の鈴社 87.9




 □
どれも、「ところが」が、文法に則った形で誓われていますね。
では、「どっこい」はどうでしょうか。


 会話   神沢利子

たべられるのは いやよ
あたし まだ
空を とびたいの
(5行略)
地下三メートルのお倉にゃ
おまえの仲間たちもいることだ
つれてってやるぜ
どっこいしょ 

            『立たされた日の手紙』詩の風景 理論社 08・7 




 くちぐせ   三輪アイ子

どっこいしょは 
おばあちゃんの くちぐせ
たつときも すわるときも
どっこいしょと なかよし
(4行略)

              『かたぐるましてよ』銀の鈴社 06・3




「どっこい」は、いずれも「どっこいしょ」でした。

 □
というわけで、残念ながら、「ところが、どっこい」は見つかりませんでした。
いうまでもありませんが、ここで紹介した作品は、わたしがこれまで読んできた少年詩・童謡のなかから拾い出したもので、未読の作品がたくさんあり、その中に「ところが、どっこい」が見つかるかも知れません。

いつもの事ですが、作品の引用にあたっては、誤字・脱字等のないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたらお知らせください。
また、それぞれの作品では省略した部分がたくさんあり、作品本来の意味合いや味わいが損なわれていると思いますので、ぜひ、それぞれの詩集を手にされ、全文を目にされていただけば、と思います。

               ― この項 完 ―
2020/10/7

今週の詩(うた)

今週の詩(うた)――詩の音読集より


 やまびこさん     宮田 滋子

  おーい
  ――おーい

たにの むこうの
山に すむ
やまびこさん
高いところが すきなのね
よべば へんじはするけれど
とうげに
みねに
かくれてる

  やまびこさーん
  やまびこさんは
  こどもかなぁ おとなかなぁ
  ――こどもかなぁ おとなかなぁ



           詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
           (社)日本児童文学者協会・付設
             少年詩・童謡・詩論研究会

今週の詩(うた)

今週の詩(うた)――詩の音読集より


 げんまん     宮本 暁子

まにあわなかったの
休みじかんの
チャイムがなってから
いそいで
トイレにいったの
でも
まにあわなかったの

せんせいに はなそうとおもってたの
でも せんせいを見たら
なにもいえなくなって
でてくるのは
なみだだけ

――せんせいも、むかしね…
  だから、ふたりだけの ひみつ
せんせい
こゆびをだした
――げんまん
せんせいのわらった目に
ぽちり
なみだがひかった



         詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』
         (社)日本児童文学者協会・付設
           少年詩・童謡・詩論研究会


今週の詩(うた)

今週の詩(うた)――詩の音読集より

  あのね…     前田 都始恵 

けさ こうちょうせんせいのあたまに
はっぱが一まいのっていたよ

マリナせんせいはね
きゅうしょくをたべてから
おべんとうもたべちゃうんだよ
おなかのあかちゃんのぶんと
ふたりぶんなんだって

だいすきなあいちゃんが
らいげつ ひっこししちゃうの

だいどころで おかずをつくりながら
おかあさんがきいてくれる

わたしとおかあさんのあいだには
おねえちゃんのだいじなだいじな
けいたいでんわより
もっとすてきなまほうがあるの



            詩の音読集 1・2年
            「にんじんにんじゃ」
            (社)日本児童文学者協会・付設
             少年詩・童謡・詩論研究会


今週の詩(うた)

今週の詩(うた)――詩の音読集より



  あいうえおおかみ     はたち よしこ


 あいうえ おおかみ

 かきくけ ころんだ

 さしすせ そらまめ

 たちつて とんだ

 なにぬね のはらへ

 はひふへ ほーむらん

 まみむめ もぐもぐ

 やいゆえ よかった

 らりるれ ろばが

 わいうえ を……

 ん    ごちそうさま


       詩の音読集 1・2年『にんじんにんじゃ』 
       (社)日本児童文学者協会・付設
        少年詩・童謡・詩論研究会